対手の駄菓子屋の軒に、いかにも三文菓子屋らしい祝意のあらわしかたで紙でこしらえた子供の万国旗がはりまわされた。そこからも出る人があるのだ。ふだんは工場へでも通っていた若い人であるのだろう。トタンの低い軒に旗の飾りはひらひらしているが、出かけるらしい人の姿はその家のあたりに見かけなかった。
 横丁の出端れの米屋の前にも祝出征の旗が立った。ここでは店先を片づけて、人出入りも多く、それが今度出てゆく若主人らしい人が、店先で親類らしい中年者と立ち話をしたりしている。そこには緊張して遑《あわただ》しい仕度の空気が漲っていた。米屋の商売も、全くこれ迄とはちがったものになりかかっている最中のことだから、出る前の話もいろいろと心を砕くわけだろう。
 そう思って店で立話している人々の表情も今日の世相の中に汲みとりながら、ふっと視線をうつしたら、その隣りは炭屋であった。どぶ板と店のガラス戸との間に無理して体を平らにして爪立っている人のように例の名誉戦死者某々殿の立札が立っている。米屋の店はぴったりくっついた隣だから、祝出征の旗の横には、いや応なくその立札が並んで眼に入る。
 通行人はそのようにして二つ並ん
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