よくよく自分の顔を、検査しなくてはいけません、画家が自画像をかくように、他人の顔として調べなくてはいけません。自分の弱さ、下らなさをそうやって見張り、又いじらしさをいつくしんでやらなけれバいけません。
手紙いつ書いて下さったかしら。わたしも御無沙汰いたしましたが。この頃は毎朝カタカタと門まで郵便出しに出てゆくのよ、よくよくのぞいて、まだ来ていない、と思って、石じきを犬にじゃれられながら戻って参ります。あの石じきの両側には、今山吹の芽がとんがった緑でふいて居ます、いい紅色の楓の稚葉もひろがっていて、石の間には無人の家らしく樫の葉が落ちて居ります。
夕方なんか、ふっと待っているところへ入っていらっしゃるのはあなたでありそうな気がしたり致します。目白のもとの方の家の二階の灯の下で待っていたのを思い出します、アンカは小さくても足の先は暖かでしたね。
きょうは、日がさしはじめたけれどうすら寒いもので、可愛いアンカ思い出したのでしょうか。
では明日ね、風邪をお引きにならなかったでしょうか。
四月十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
四月十六日
きょうはいかにも若芽
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