いし、仕事のなくなるのは防火壁をこれからこしらえたってはじまらないという時期が来ればすぐなのだし、どこもかしこもそんな風な日暮しですね。
 寿は長者町に落付く由。それがいいでしょう、わたしがこんな暮しかたをするようになったら、長者町に落付く決心をして、なかなかこまかく考えを運んでいると思いますが、私として、当てにしていないのだから、結局落付いてくれる方が安心です。姉のこころ妹知らず式のところもあって。わたしは一家の中で殆ど術策を弄さない唯一の人間よ、生活の運びで。私のよろこび、わたしの苦痛、わたしの貧乏、それは天下御免で大っぴらで、弄すべき術策を必要といたしません。それは今日にあって大きい幸福です、自分の性根をこの間《カン》に腐らせないでゆける道ですから。Sが人相が変り悲しゅうございます。抜けめないところばかり出ている顔して歩いていて、往来で会って、その人と思えないようでした。ダブつき条件でだけ出来ている鷹揚さ、ひろがりなどというものは、何と急速にはげてしまうでしょう。気くばりと抜け目なさだけの顔してむこうから歩いて来るSを見ると、胸がいっぱいです。あのひと鏡もってるのかしら。人は折々
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