って来たと思いますね。全くトレンチ生活だったわ。捨てた城に一人いるようなものなのだもの。そういって笑ったのよ、わたしが今度こっちへ来たのはエポックになってしまったよ、もう林町の番をする気は沁々なくなった、と。林町へは国が一寸帰っても落付けず、ソワソワしているのも尤だと思います、こっちをみると。わたしは、当然こっちにいて国のように落付けず、たかだか休養の安らかさを感じ、こっちに落付くことには本然の抵抗があって不可能ですが、成城をきめておいて何とよかったでしょうと思います。
 月曜日にここから帰り、あれこれ用をすまして、成城へ行きます。ここへ来るのはわたしにとって、いつも何か意味のある時であるのも面白うございます。自然描写たっぷりよりも、こんな手紙になるのだから、今の時勢ね。又、来てからまだ門の外へ出ないのですもの、裏山の方やおけさ婆さんの方の景色のお話ししようもないのだけれど。
 おみやげに草履がありそうよ[#「ありそうよ」に傍点]。但、ありそう[#「ありそう」に傍点]というところに御留意を。夕方、咲が自転車で町の入口のその店まで行ってくれますって。あればうれしいことね。さし当って何より
前へ 次へ
全357ページ中209ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング