しれない乾いた動かない空気の中で樟脳の香をたてていたのが、今はフーフーと風吹きとおしにあけはなされ、書院の「磐山書院」という額の下には、健坊の昼臥のフトンがしかれていて、おむつがちらばっているという光景です。自然的というか、本能的というか、人間のそういう生活が溢れています。書院に、小包がワンサとつんであってね、その左右に、こんな文句の聯がかかって居ります。

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天君泰然百體從令
心爲形役乃獸乃禽
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 そして、ランマにお祖父さんの明治初年の写真の引きのばしがかかって居り、空では練習機が朝六時から飛びづめです。
 健坊のパタパタいう小さい跫音は実に可愛うございます。のびのびと育っているわ。茶の間の前の敷石のところに、三匹の仔犬がいて、それは健坊の愛物です。野良犬の仔だのに大きくて、コロコロで黒い体に白タビをつけたように四つの脚の先丈白いのよ。
 こんなにここの空気がいいと感じたのは初めてです。こんなに疲れて来たようなこともこれまでの生活ではなかったのね、おそらく。最後には、外国へゆく前の夏一寸母にその報告がてら来た丈でしたから。紫外線がつよく
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