火曜日の夜留守が確定して、水曜日の立つ朝その人たちが来たのよ。三十一日の寿の引越し、四日の大掃除、手伝いに来たクマさんは一日に帰ってしまったので、全くえらい疲れでした。
 途中腰かけられ、五時間ほどして黒磯辺からは空気も高燥になり汽車もすき七時五十何分かにこちらへついたときは、田野の香いが芳しい涼夜でした。
 それにしても、今の旅行は一人で出来かねることね。何しろ十六年に島田行ったきりで病気以来はじめてだから、切符買う証明、駅へ前日行って買うさわぎ、上野駅の列、座席の争い、そのためのマラソン、一人では気負けしてしまうようでした。わたし一人では温泉へもやれないと云っていたのは本当ね。制限になっていてこれですもの。特に今は学童疎開で、その制限が一層なのに。
 こちらは何と云ったらいいかしら。変ったと云えば実に変りましたが、ここの芝生の庭からの眺望は大して損われていず、広闊な耕地と、彼方の山並とが見晴らせ、人が住みついているので、却ってわたしが元来た頃よりは荒廃の美が現実生活で活気づけられて居ります。客間の、ひーやりする籐の敷物、古風なオールゴール、白いクマの皮などが一年に何度あけられるか
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