板じき室、あの元の食堂、あの頃畳で、壁に深紅の唐草の紙が張ってあり、なべやき召上ったあの室。夏のこと故、こっちとすっかりあけ放したら、ガランと床がむき出しになって、行ってしまった感が沁々として寂しゅうございました。本当に、行ってしまった、と思って、さっぱりと何一つない大きい室を眺めます。風通りは、全くよくなりましたけれ共。普通の引越しとちがってあのひとの場合は、去り行いたのですものね。めでたく一世帯もつのならどんなに安心でしょう。それでもうちにわたし一人で、隣家の夫妻だのに手つだわれて、大さわぎで出してやれて却ってよかったわ。遠慮なくごった返せて、寿のためにうれしかったと思います、いる者は少くとも全員心を合わせ働いたのですから。しかし、かざらしのへばりかたは猛烈よ。気をつけて湯も浴びて埃をおとす丈にして入らず、自重しておりましたが、昨夜もよく眠らず。疲れすぎたのよ。手伝いがなくてへばったところへ来て、ヤレヤレとよろこび、ああやって、幾ヵ月ぶりかで割合繁く手紙もかけましたが、直ちに引越しさわぎと食い騒動で、又もや窮地です。
 ところがね、天に神が在って、助けが下りました。成城に室をかりら
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