、あちらにいるときは殆どお墓へ行ったりするだけです。
 丈夫な時ならだけれども、今のようなとき、私はそういう名士は実に願い下げですし、東京では、ともかく命がけの形で、身元もわかった人間になっているのに、あちらでは文化関係もその他のことも見境なしで、あわてた時には、何はともあれ落度なからんこと専一で、どんな待遇になるか、それこそ見とおし不可能です。憲兵の方と二つが錯交して、そこいらのことも甚だ微妙です。これ迄余りはっきりはかきませんでしたが、あちらへ行ったときは、いつもそれが苦痛でした。今度のような時期にはいやだ位ですまないと閉口だから、伺うにしろ冬になって少くとも、現在のように益※[#二の字点、1−2−22]緊張に向う時はさけるつもりです。
 おかあさんも、私たちのことだけお思召しなるときには、そのことをつい念頭からはなしていらっしゃるけれど、あすこにいれば随分度々困った顔もなさらなければならず、私が外へ出ることを不安にもお感じになります。もう二三日したらこういうことをはっきり申上げ、私がこれからあちらにゆくのは大体春夏から秋まではさけるよう申上げておきましょう。あなたからは、ユリコからこまかく申上るが、尤もな理由だから秋以後がよかろうと思うと申上げてお置き下さい。
 それから、これは、私たちの家事的処置について。
 ここは市内としては割合安全な方ですが、類焼はさけ難いものとして万事備えておくのが妥当です。去年の四月の十倍二十倍のものが降って来ることはたしからしいから。
(一)[#「(一)」は縦中横] 書籍は金に代えることの出来ないものですが、ともかく動産保険にかけ、その幾割かをかえす空襲保険をかけました。島田へお送りした四倍ほどの額です。
(二)[#「(二)」は縦中横] もし最悪の場合、私がふっとんでしまったら大変困りますから、そのためには四月一日から受付る戦時生命傷害保険に入ります。
 これはディテールまだわからず、手続きは全く簡単です。最高五千円までを恐らく非常に条件つきで小切るのではないかと思います。年齢、職業、男女別等。しかし私はいずれにしろ自分の条件の最高までをかけておきましょう。これは動産に対する保険とちがい、生命保険にあらかじめ入っていないでよいから私にも出来ようというわけです。
(三)[#「(三)」は縦中横] 右のことは現在私たちのやりくりが赤字で銀行からの負債になっていますから、私が万一ふっとんだらその賠償《バイショー》で負債を返し、同時にそちらの生活費も運行してゆくよう計画しなければなりません。
(四)[#「(四)」は縦中横] 東京貯蓄銀行丸の内支店から、タンポで、島田へお送りした額の十倍までゆーづーするようにしてあります。そのうち本年一杯でおそらく三分の二は消費するでしょう。消費した額だけ返済すればよいわけです。私のねだん[#「ねだん」に傍点]はいくらか知らないが、少くともそちらの一年分は余るだろうと思います。
(五)[#「(五)」は縦中横] 返却後は、そちらに現在の凡そ一年分に少し足りないだけの定期収入があるでしょう。(現在の経済の組立てのままと仮定して)
(六)[#「(六)」は縦中横] それだけそちらで入用でない時には、みんな積立てておいて、その後の生活の足場とした方がよさそうに考えられます。島田の方もその時にどんな風かは知れず、たとえどんな仲よい同胞にしろ自分の妻子をかかえ経済的波瀾の激しいとき、共力するにしろ種《タネ》なしでいられては大分僻易らしいから。よい生活のためのプラクティカルな方法として。私の身にしみての実験です。
(七)[#「(七)」は縦中横] こちらの家では、国男が私のそういう事務をみんなやってくれています。万一の場合のためにいろんな書類は第一銀行の保護金庫に入れておく筈です。それは国男のかりているものですが。
(八)[#「(八)」は縦中横] 私がいないときのこれ迄の事務能力を見ると、私は安心してわが身一つはどうでもよいと思えません。国男さんが健在だとしても。話し合いの結果、迚もそちらの事務まで責任が負えないから誰か信用の出来る人が対手に欲しいというので、てっちゃんにこまかく話し、国男さんも満足で万一の場合には事務をやって貰います。てっちゃんの承認も得ました。私たちの委任した人として法律上の手続きがある方がやりよいようなら公証人にかかせてそれもやって置くつもりです。
(九)[#「(九)」は縦中横] 月末ごろともかく一度そちらへ伺います。そしてそのとき、銀行にタンポになっているものについてお話しいたしましょう。
(十)[#「(十)」は縦中横] そのものは母のかたみですから、あなたと私の用に立てて、よく役立てて不用になった時は寿江子にわたします。あれはピーピーの音楽修業で、どうせ一生ピー
前へ 次へ
全110ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング