スコなのですから、寿江子は自分が不用になれば甥たちのために考えるでしょうから。
こういう扱いかたは御異存があるでしょうとも思いますけれど、船がひっくりかえって波間を漂うときは小桶一つ板一枚が案外の役に立つようなものでね、その点むしろあわれに、笑える位のものだわ。あなたは笑ってききおいて下さればいいのよ。
(十一)[#(十一)は縦中横、「十一」は縦組み] こちらでは今のところ万事ひどい有様だから黙っているのも気の毒故、そちらの一ヵ月分ほどずつ払っています。それはごくの基本で雇人の心づけやいろいろ薬代その他は又別です。
字が妙なのに面白くもない手紙で相すみません。でもね、これだけきめて人にもたのみ、あなたも知っていて下さると私は安心してよく眠れるようになるのよ。
いろいろの場合に暮してみると、人々の生活は、どんなに自分のことにばかり追われているか、賢いにしろ愚かにせよそういうのが十人のうち九人以上で、親切な心は誰にでもあるものながらそれは実現する力は誰でも何と小さいでしょう。少し世の中を知ったものはその事情をよくわかって、親切の出来るような条件をこしらえておいて人々の親切も待ってやらなければ、と思うわね。自分たちの生活の日々が二六時中バランスを失いがちで重心が移動するのをやっと保つ玉のり生活をしているのが大部分の人だから、私たちは出来るだけ事務的な手かずで、ことが進んでゆくよう処置をしておいてやらなければ、弟妹たちに何の工夫や積極の考慮がつくでしょう。
こんなこと、毎晩よくよく考えて一つ一つと思いついて計画して、国男さんに云って事務処理をして貰いました。
私は衛生学よりももっとこういうことは知らないから、よく考えないと何も思いつかないで、考えつくためにはよほど頭もしぼるのよ。だから哀れな肝臓が、ヤーこれは珍しい疲れかただ、と音《ネ》をあげたのでしょう。
あれこれをすっかりすましたら私は、四月早々多分いつか行った上林のせきや[#「せきや」に傍点]あたりへ行きます。夏の間は東京に居ない方がよいと思いますから。
こちらだって戒厳的混乱は生じ得ますから。もう私は東京をはなれるのに所轄へことわって行けばそれだけでいいのだそうですし、山の中の温泉などはいろいろの点でよさそうです。
今まだこまかく予定が立ちませんが、四月から一ヵ月半ほど信州へ行って一寸かえって、改めて東北の方の東京人の入りこまない地方の人が鍋《ナベ》釜もって行くようなところへ行って九月一杯までいて、その間にすこしものも書きためようと思います。岩手の方に今しらべている温泉があり、そっちだと都合して手つだってもらえる十九ほどの娘さんが青森在から来てくれられるかもしれないので。
うちの連中は私一人でゆくことを大変不安がるし、自分も誰かいた方が無理しないから。伊豆なんかはお米をかついで行ってひるめしだけ三円、凡そ一日には十二三円以上かかることになって来ました。上林は米をまだもってゆかずといいし、あすこは樹木が多い道があっちこっち散歩するに目のためにいいと思って。カラリとした高原は今年は駄目です。肝臓のためには石見の三朝《みささ》が随一で、この次島田へ行くのは、そこをまわって小郡へ出て見たいものです。京都からのりかえて山陰本線土井までですから、今すぐでは無理でしょう。物資は大体西の方はゆとりないそうですが。
さあ、もうおやめね。
あなたの衣類はうちの連中のほかに栄さんにわかって貰うようにしました。いろいろと思慮の不足した処置があるかもしれないけれども、どうぞあしからず。これだけ手くばりしておいて万々※[#濁点付き小書き片仮名カ、44−5]一やけず、ふっとばずであったらそれはおめでたいというわけです。
では又近いうちに、別に。
三月十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 田舎の風景の写真絵はがき)〕
この写真は春の日射しよりも秋らしいあざやかさですね、昔、『文新』から行った千葉の開墾部落もこうゆう家が並んでいました。あの時は南京豆がうんと作ってあって、おいしい山の芋の御馳走になりました。ああゆうじいさん、ばあさん達は畠に今何を植えているでしょう。腹の皮がくすぐったくなる程低空を飛行機が飛んでいました。こんな葉書はほんとに珍らしい。今日、明日に隆治さんに小包みを送ります。文庫では「マノン・レスコウ」と露伴の「為朝」でも入れましょう。今日もあたたかいこと。体の調子はようございますから御安心を。
三月十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
きのうの手紙で一つおとしたことを思い出し申上げます。
島田の方へお願いするということね、前便で御承知下すったとおりの有様で私たちとしては何とかまだやって見たいと思います。
あちらは、それはひ
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