年の二月十三日には、そちらではパイナップルの鑵を開けて、私の誕生日をお祝い下さったそうですが、今年は何の鑵があったのでしょう。みんなのなかで暮しているからと、御放念だったでしょうか。いずれにせよ私は、あなたから色々のお祝を戴きためてあるから、その日になってにわかにがっつくこともありません。
十三日は、生れて始めてこんな風に誕生日を祝ってもらったとびっくりするようにしてくれました。
お客様の数は、目白のお医者夫妻とペンさんと位のものでしたが、食堂のテーブルは珍しく白いテーブルクロースに覆われて、その真中には菜の花や、マーガレットが撒かれ、食器台の上には桃色の飾り笠をつけた燭台が二つ立っていて、これまた珍しく緑色のお酒の入れられた切子《キリコ》の瓶が立って、それはお祝の鐘の鳴る小さい鐘楼のようでした。真中の所に私の椅子がおいてあって、其処に贈物が積んでありました。この頃みんなでして遊ぶダイヤモンドゲームを太郎から。面白い染の袋があって、その上の箱を開けたら、内から気の利いた切符入れと、綺麗な羽織の紐と、からたちの模様のテーブル・センター。さらにいじらしいことには、小さい小さいのし紙を胸《ムネ》に下げて、そこに「アッコオバチャン」「ヤスコ」と書いた一寸ほどのもんぺをはいたコケシ人形が現れました。そのコケシの後つきは全く泰子そっくりで、可愛いこともかわいいし、第一こんなに自分は何一つしないで、飾ったテーブルに座らせられると云うようなことは初めてだから、嬉しくて、少しひどくうれしくて、何となく涙が出たいようになり、でも、私が涙をこぼしたら、みんなはきっとそんなに私が喜ぶことをかえって気の毒に思うだろうと思って、あんまりうれしくて恥しい恥しいと云って気持を自分で持かえました。みんなは、生れかわって一つの人にしては発育が良いとほめて、お杯をあげてくれました。その杯のひとくみの中の一つが、私達御秘蔵の真丸のもので、そのつれの杯をあげながら、私は、あのまん丸の杯が、矢張りキラキラ光りながら私のために上げられているのを感じました。
お杯と云えば、さもお酒を飲んだようで、心配なさるといけないけれど、それは、全くお祝の心と色彩効果のためで、アアチャンもいぶし鮭の切身や、あやしげな数ノ子位しかないテーブルの上を、せめて賑わすためには、色だけでも鮮かな緑の液体を持出したわけです。
この晩は幸せに暖かくて、火無しの部屋も今日のようには寒くなかったから、みんなものんびり寛いで、太郎が張り切って四角い口を開いて軍艦遊びの新型を説明するのをききました。
思いがけない友達が、ちゃんと私の誕生日を覚えていて、私の世話で『シャロット・ブロンテ伝』が出版されたお礼だと云って、わざわざ贈物を持って午後に来てくれたりしました。こんなに良い誕生日を祝ってもらうには、並大抵なことではなくて、矢っ張り、一ぺん死んだだけのことはあると、みんなが笑いました。そうしたらね、太郎はよほど感ずる処があったとみえて、次の日みんなの居るとき、真面目くさって「アッコオバチャン、今年の夏も病気するといいね、みんなが水瓜を持って来てくれるから。」と云いました。苦笑おくあたわず、私曰く、「病気はもう御免だね、病気なしでも少し水瓜があるようにしようよ」と。手近かな推論には恐縮しました。全く記録的な祝われぶりでした。
オリザビトンは、本当に利くようです。それに、今家では病人揃いで、国男さんも変に工合が悪がって居るし、アアチャンは軽い腎盂炎だし、スエ子は例の通りだし、こぞりてメタボリンを服むから、せめて私が、別の物のんでいてやっと補給がつきます。今、薬が利くようにもなっているのでしょう。
十日のお手紙への返事、おっしゃった人にはすぐお礼を出しておきました。やがて夫婦で南へ赴任するでしょう。色々の用事はペンさんに頼んだりして居りますから大丈夫です。『廿日ねずみと人間』は、近いうちに見付かりそうです。富雄さんの本が着いて、ようございました。今、杭州の師団司令部の経理部にいるそうで、危いことがなくて結構だけれども、戦地に於けるこう云う部門は、金持の息子と要領のよい人間の溜り場所だそうだから、その意味では決していい場所と云えないのでしょう。前方で多くの人が生死の間を往来しているとき、こういう所では色々なことを見ききしていて、それを正しい判断に照して全体から真面目にみるだけの人物は、十人のうち何人でしょう。隆治さんのことを思いやります。
チェホフは、病気のためクリミヤのヤルタに暮していなければならず、クニッペルは芝居でモスクヴァ、レーニングラード暮しで、厳冬の時期になると、チェホフはモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]に出て一緒にくらした様子です。
チェホフは、クニッペルのいい素質と、同時に
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