(箱根大涌谷の写真絵はがき)〕

 この前お手紙頂いたのは十五日の日づけでした。私がお目にかかったのは二十日です。きょうは五日。もう半月以上経って居ります。行って、お会い出来なかったのは二十八日でした。二十日から二八[#「二八」はママ]日までの間に、状況はちがったというわけでしょうか。その間から起算して二週間(予防期間)とすれば、七八日頃になります。益※[#二の字点、1−2−22]気にかかります。その頃ともかく行って見ましょう。

 八月五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(箱根芦之湖の写真絵はがき)〕

 八月五日。弁護士さんから電話で、お会いした由。御用が通じたのは何よりです、予防のため出入をしないようという期間はもう終ったのでしょうと思います。きょうも八四度だのにずっと暑く感じます、今年がどうか苦しい夏にならないようにと心から願って居ります。十一日ごろ上って見ます。

 八月六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(モンブランの写真絵はがき)〕

 こういう色も山々に映り刻々変化して行ってこそ美しいのでしょうが、固定されると安価でモンブランのために気の毒ね。『日本評論』、社からじかにお送り出来るようになりました。『市民の科学』(ホグベン)そちらへ一緒に行ったようです、もしおよみになればよし、さもなくばいつかお返し頂きましょう。『文芸春秋』はまだうまく運びません。シャボン又送ります。八月六日

 八月六日夕 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 八月六日 夕刻
 さっきお手紙頂きました。このお手紙は干天の雨でした。何だかそちらの御様子がよくのみこめなくて、次第次第に心配になって来て、段々私の目つきがよくなくなりつつありました。あなたとしては熱の低くない方で、周囲に流行している関係上、様子を見る方がよいというわけであったことがはっきりいたし、安心しました。そちらへ行ったのは二十八日(金)でした。八度二分も出たという日でしたから、尤もなことでした。
 森長さんはすこし熱が下ったときだったわけね。こちらから電話したのでしたが、あのひとも親切にことづけのこときいたりしてくれても、直接私が心配を話す時には、そんなこと一言も云わず、私の心配もピンとしないような物の云いかたで、そこが又あの人の好いところとも云えるのでしょうが。でも、このお手紙で、私はどんなに安心したことでしょう。いつぞやの夏のような苦しさは、二度と願い下げです。本当に状態がわかって何とよかったでしょう、ありがとう。少し早目に(体の調子を云えば)手紙かいて下さっただけのねうちは充分ございます。もうこれでいいから、どうぞ大事に熱の下るよう風邪をお引添えにならないよう願います。
 私は十一日頃参りましょう(水曜日でしょうから)。その頃はもう熱もすこしは、おさまって居りましょう。
 しかしもし熱の工合で御考えでしたらことわって下すっても大丈夫です。只私はわけさえわかれば納得いたしますから。
 私の方はどうやら幸もって居ります。近視の度の進んでいることを発見したので近く検眼して眼鏡をかえます。もうウロプンクタールはないから、悪いレンズでは仕方あるまいと思いましたが、やはり戸外を歩く時なんかは度の合ったのでないと疲労が早くていけないそうです。ものをよみかきするには今のでもいいらしいのですけれど。
 きょうは大変暑うございますね。細かい字をつめてかくことが出来にくいのよ、御免なさい。フーフーだけれど心は計画にみちていて、活気をもって居ります。辛棒の仕甲斐ということのよろこびも、折にふれて切実です。又くりかえすと、そら御覧ブランカ、ですが、呉々も小説は戻してよかったことと思います。
 今年の夏は所謂丈夫な人によほどこたえる風です。私のようにまだ眼もちゃんとしないし、仕事も出来ず、万事を静養に集注している者は、却って助って居ります。いそがしさ、仕事、どれも倍で、体の力は不足故、えたいのわからない永続性の下痢をやったりして居ります。私は貧乏の量を多くして同時に休養の量も増すことにきめて居ります。小説のことよかったとこんなに云うのもつまり静養[#「静養」に傍点]の価値について一層明瞭になったからです。
 うちは百日咳のさわぎで、食堂など家庭野戦病院的光景です、吸入器と並んで食事します。咲枝も六月下旬からずっと入院、子供の百日咳とつづいて疲れて居りますが、今年の夏は私は子供係りは致しません、又、あと戻りしたらことですから。寿江子は信州辺に出かけるとソワソワです。田舎へ行けば旧習依然でも万事よくなると楽天的に考えて居るようです。私は夜なるたけあけて眠るよう気をつけて居ります。
 出かける用事が終ったら、疲れもへりますから、涼風とともにすこし計画を実現し一日に少しずつものもかきたい
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