しい心を思いおこします。命の自覚の内容も何とちがうでしょう、生物的な脅迫がないと、命はそんなに自然に、そのものとして人間を押しつつんでいるとも云えるのね、きっと。ゴーリキイの初期の「人間の誕生」という小説など、そういう点のロマンチシズムの文学ね。
島田でシボレーをお買いになった由。乗物に不自由させぬ、とは何と大したことでしょう。(このごろは、目のために、速く動くのは苦しくて電車専門ですが。)私は、でも、島田へ行っても、商売用のそれの御厄介にはあんまりなるまいと、今から考えます。それは一つの身の謹しみですからね。東京から来て、のりまわしている、という感じがしたら、そのさもしさで、私が土地のものならやっぱり反感するわ。
「金髪のエクベルト」小説でしょうか、誰が書いたのかも存じません。『外交史』下巻と一緒に、どうぞ私に下さい。楽しみです。その簡潔で、詩趣あるという語り口が。
ハガキに書いたように、もう四五回であついところを出かけることも終る由です。そうすると八月中旬になるでしょうから、汽車のこむ、宿のこむそういう時出かけずに、ここで、朝早く夜早く休む暮しをつづけ、よく湯を浴び、すこし午前中勉強らしい読書もしたいと思います。この頃は国男が病院の習慣と云って(実は床についている時の要求なのだが)朝七時すぎ、みんなで(咲と私)朝飯をすませる程度に早おきになり、夜も原則は十時で、大体やっていて、私は大変好都合です。これ迄はダラダラと夕飯が八時にもなることがありました。
暑いときの読みものとして『マリー・アントワネット』上下、お送りしましょうね。シートンは一番心持よいのは一巻ですが、もしお気が向いたらあともお送りいたします。おしらせ下さい。夏ぶとんおくれて御免なさい。人手が一杯だったものだから。
ゆうべ、初めて蚊帖をつりました。白くて裾の水色の四角い小さい蚊帳です。ゆうべは、髪を洗い、体も洗い、さっぱりして、その蚊帳に入り横になり、蚊帳にさす月の光をうけながら新しい感じで、夜を感じました。手摺の上にさしている八日ごろの月や夜風。蚊帳の裾をてらす月光。「杉垣」の中に、作者は限りないいつくしみでそれを描いて居りますね。描くになおまさるという思いもあるものでしょう。
こういう暑さになると、快い飛沫をあげる水遊び、ウォーターシュートの爽快さも思われます。好ちゃんの勇壮活溌な跳躍ぶりを。声を挙げ、なめらかさや、辷る曲線や風や水しぶきの芳しさを好ちゃんは満喫して体じゅうを燦めかせてくりかえし、くりかえしすべり下りました。私たちは何と其を喝采したことでしょう。我を忘れて、見とれたでしょう。すべって来てぱっと水の面をうち、好ちゃんの体が浮き上るようになるとき、戦慄が快く走ったことでした。夏のリズムは、夏のあつさにふさわしく旺盛で、開放的です。汗も燦きよろこびも燦めくという工合ね。私は仕合わせなことに今のところまだ夏負けしないで、去年の苦しさと全くちがう新鮮な元気で、(へばりつつも)夏のあつさを感じて居ります。まだまだレザーヴした毎日の暮しですから、一人前に暮したらすこぶる怪しいものですが。
今十五日づけのお手紙頂きました。十日のお手紙で字が大きくなっていたのに気づいたのですが、このお手紙で、最後の一くだりはやはり私を心配させます。熱が出るでしょうか、より悪くないために、でしょうか。それならばよいがと思います。私は近いうちにお目にかかりに行こうと思っていたのですが、今お動きにならない方がいいでしょうか。手紙を下さるから行ってもいいのだろうとも思えますが。下着類は、人絹シャツ三枚同ズボン下二枚、麻半ジュバン等お送りしました。人絹シャツ(薄茶)と人絹白ズボン下一枚とはセルと一緒に五月中に。あとは六月下旬の小包が栄さんのところにたのんであってすこしおくれたので、もう、そちらについていることと思います。
「動物記」のこと。ブランカの弱点は正確に云われて居ります。しかしブランカにしてもまさか猟師を見そこなって別のものだと思うほど、嘗て鉄砲の匂いをかいだこともないという牝狼でもないでしょう。ロボーを歯がゆがらす幾多の弱点はもちながらも。私が云っていたのは、ごく限られた範囲で、同じ虫でも毒のきつくない刺し方の虫の方がしのぎやすいというだけのことよ。いたちはいたちで猫でも虎でもない動きかたをするのは知っていると思います。わたしは、お喋りでなくしていて、落付いた気分で居ります。喋ることで流れの方向をどうしたいという気ももっていず、そうなると思わず、あくせく書いてたつきを立てようという※[#「火+焦」、第4水準2−80−3]った気分も無くていれば、無用の叩頭も不必要で、そのためにはこの間の小説の経験が大いに役立ってよかったと考えている次第です。あの経験から、心のきまっ
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