めています。スウィフトやフィールディングを余り買っていないのね、ゴールドスミスは可笑しい見栄坊でジョンソンのとりまきの一人だったのね。そしてルソーに対してジョンソンはその時代のイギリス市民の一番お尻ッぺたの厚いところのような見かたをしています、ルソーの必然を、せいぜい本人が心得てやっているバカらしいこと、としか見ていないのも面白く思えます。十八世紀のイギリスの新興貴族事業家、市民のそれとの妥協などのいきさつが、ジョンソンの巨大な体の中にまざまざと見えます。漱石はジョンソンをどう見ているのかしら。
 ストレチーという伝記作家が「エリザベスとエセックス」というのを書いているのを片岡鉄兵さんが訳して其をもらいましたが、この人がポープをかいているらしい様子です。あのポープの型にはまってしかも常識的なひややかな詩[#「詩」に傍点]をストレチーはどう見ているのでしょうね。
 ストレチーはヴァージニア・ウルフなどのグループに属していた人で、やはり歴史を心理的機微をモメントとして見る人です。そこに面白さとつまらなさとあります。心理主義の傾向は、対象の個人の内部にだけ事件の入口と出口をもとめる傾きを導き出しますから。
 あああしたは又休日ね。少くとも今夜は夜中に寿江子が出入りする音でおこされたくはないわね。丁度一しきり熟睡した夜中急に物音でおこされると、頭の中が妙に明るくなってもう永く眠れず、その頭の苦しさと云ったら。私はこういうときには思わず泣声でおこりつけるのよ。起した本尊はグーグーで。このいやな腹立たしさはあなたに想像もおつきにならないことでしょうね。
 さて、きょうはよく眠ってヒステリーはしずまって居ります。電報頂きました。やっぱりもう待ち切れなくおなりになったのね。もうきょうはついているのでしょうけれど。あしたは届くかしら。
 今度お送りしたのでない方を、この次暖くなったら又洗濯に出しましょうねえ。
 大体今年は寒くなるのが早めのようです。
 段々勉強したくなって来たからしめたものです。上林なんかゆかなくってよかったこと。ここのごたごたの物凄さは一通りでないのだからそれに馴れる迄反則いたしますからね。それに無頓着になるためには、なるたけ早くそれになれなければなりませんからね。他人が下宿しているのではないのだから人手がなければ赤坊のおむつも世話してやるし、台所へ往復もするし、ね。それはあたり前なのだからそういうごたごたをもって、しかし、自分の時間はしっかりもてるような新しい秩序がいるわけです。
 いずれにせよ段々やりかたを覚えて来るから御安心下さい。みんなとの心持は上々に行って居りますから、その点ではいうことはないわ。ひとりでいるよりはつまりはいいのかもしれないわ、ね。片づきすぎて瘠せたような生活にならないだけ。子供がいるとなかなか面白いわ。太郎がね、一昨夜夜中に、おかあちゃあと泣いているのですって。床のところを父さんがさぐって見てもいないのだって。スタンドつけても見当らないので、さがしたら、ずっと枕もとの上の方に母さんの机がおいてある、その足の間にすっかりはまって、手をバタバタやって天井をさぐったりあっちをさぐったりして泣いているのだって。よっぽどこわかったのでしょう、父さんにだかれてあっためて貰いながらそれでも泣いていたって。きっと何とこわく感じたでしょう、翌日、ちいちゃいおばちゃんの室へ行ってベッドの上に仰向きになって、そこはすこし天井が低くなっているので、そこをしげしげ見ていたが、やがて、ネエ、ちっちゃいおばちゃん、ベッドへねていて、天井がずーっとずーっと低くなってそこいらぐらい低くなったらどうする? としきりにきいていたって。ぼんやり感じ思い出したのね、でもよくうまくあの机の下へすっぽり入りきったと大笑いしました。
 今に島田へ行ってもなかなかにぎやかなことでしょう。机の前に、あなたも御覧になった輝をだいた写真とあきら一人のとをおいています。咲枝はじめてその写真を見て、あらアと羨しがっていたわ。きっともう随分大きくなったことでしょうね。
 稲子さん飛行機で満州国のお祝の『朝日』の銃後文芸奉公隊というので出かけました。同勢は林芙美子、大田洋子、大仏次郎、横山健一。
 鶴さんは甲府とかへ講演に出かける由。おばあさんが丹毒にかかっていて、顔がすっかり張れた由。(これは佐藤さんからの電話ですが)
 栄さんはこの頃ひどく疲れているそうです。春子さんという、学校は(小豆島の)一番でとおした女の子が手つだいに来ていて、それが大したもので、それでつかれるのですって。学校の一番も眉つばねえ。栄さんでも手に負えないものに出合うかと何となくユーモアを感じます。まだどこへも行かないのよ、引越してから。
 きょうは又雨になりました。毛布どうしたかしらと思って居ります。けさの床の中で暫く目をさましていて、あることを考えました。
 この前の前の手紙で、詩集の話が出て、どうしてあの詩人は秋冬を余り季節としてうたっていないのかと思うと云っていたでしょう。考えて見て、一つ一つの詩について見なおすとね、あるものは肌さむい秋だの凩《こがらし》の冬だのが季節としての背景にはあるのだけれど、詩は、いつもそんなつめたさやさむさを忘れて様々の美しさへの没頭でうたわれているのですね。それに気がついて、ほんとにほんとに面白く思いました。生活のあたたかさ、よろこびのぬくもり、そういうものの中で、どの詩も単純な季感からぬけてしまっているのねえ。
 実に素晴らしいと思います、だって「月明」にしろ背景は冬よ。けれども、あの詩の情感のどこに寒さが在るでしょう。ほんとに、寒さがどこにあるのでしょう。
 それから「草にふして」というのなんか、秋も深くもう冬なのね、季節は。しかし、その草のかんばしさ、顔にふれる心地よさ、そうして小犬がその草原にある※[#「木+解」、第3水準1−86−22]の若木にまといつき、うれしそうにかみつき、一寸はなれてはまた身をうちつけてゆく様子なんか、やはりそこにあふれているのは優しい暖かさよ。ちっともさむくないわ。代表的なのは「春のある冬」という序詩ね。覚えていらっしゃるでしょう?
 あなたの体をつつむ毛布からこういう詩の話になるというのも、きっと何かふかいつながりがあるのかもしれないわ。とにかく私は、今あなたを寒くないようにと大変思っているからなのね。

 十月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕


 十月二日  第四十一信
 太郎がわきのベッドに入って、山羊の文鎮をもってねています。お風呂のぬるいのに入って遊んで、さむくなって、二階へくっついて来てベッドへ入っているのよ。
 ところで、きのうの夜の風はひどうございましたね。夜中に幾度も目をさまして、ああこの風がガラス一重に吹き当るときはどんなだろうと思いました。ガラス越しのうすら明りだの、そこに揺れるまとまりないかげだの音だの、そういうものを想像いたしました。目白だったらこわかったろうと思いました。あすこは南が実にふきつけるのよ。
 三十米の風速だったのね。先年、てっちゃんのうちの羽目がとばされたりしたときは四十米以上ありました。山陽線又不通よ。そして大分で、汽車が河に落ちて、百二三十人死にました。大半は中学生の由。
 きょうは私はうれしい心持よ。やっとやっと夜具が送れましたから。この頃はどこも手がなくて、約束していても急にその職人が出征したという風で、夜具も、袖のある方はうちで縫ったのよ。本を見て。そして職人を呼んで綿を入れさせ。ああ、ほんとに気が楽になったこと。袷は、ちょいとよそゆきの方が、先になってしまいましたが、近いうち、例のをお送り出来ますから、そしたらそっちをしまっておいて頂戴。
 島田への毛糸も送ったし。さあこれで引越しにつづくバタバタは一段落ね。そして愈※[#二の字点、1−2−22]筑摩のにとりかかります。
 そして、きょうは手帖をくりひろげて少しびっくりしているのよ、この前私は二十一日に手紙を書いたきりだったのね。もう十日余も立ってしまったなんて。二十六日からは夜具ごしらえでさわいだにしろ。
 あなたの方もきっとあっちこっちへ書いていらしたのでしょうね、こちらへ頂いたのは九月十三日に書いて下すったのきりね。やっぱりこれも少し珍しいくらいだわ、九月にはつまり二通であったというのも。私たちは何となく落付かなかったのね、きっと。今月からは普通の軌道にのってゆけるでしょうと思います。そちらでももしかしたらきょうあたり書いて下すったかしら。
 二十六日の金曜日にはね、一寸お話したとおり相当くつろいだ一夜でした。山崎の周ちゃんの店は渋谷から出る東横バスの若林というところのすぐわきです。おりて、どこかしらとクルクル見まわしていたら、いかにも新開の大通りらしい町なみに、ヤマサキ洋装店とかんばんが出ていて、すぐわかりました。何とかミモサとか、何とか名をつけないでヤマサキと簡単に云っているのもあのひとらしいわ。店はひろい板じきで、わきから上ると、六畳で、つき当りが台所。二階のあるうちです、新しいの。そして、その六畳には洋服ダンスだの、大きい鏡だのがあって、その鏡の前には花だのフクちゃん人形だのがあって、山崎のおじさんはズボンにシャツという姿でした。お兄さんもかえっていてね、店の外のところにカスリの若い男が少年と立ち話をしていた、その人だったの。写真帖を見せてくれたり、戦の話が出たり、獄中記を著した斎藤瀏というひとは歌人としてもそのほかの意味でもセンチメンタルすぎてがっかりしたという感想談があったりして、のんびり御飯たべました。山崎のおじさまは、とりが好物でいらしたのですってね、知らなかったのに偶然よかったわ。それに、こまかく柔かにしたのがあったりして。
 ビールをのもうとおっしゃるの。私は本当に頂けないからと云ってもすこしとおっしゃってあけて、ついで、こっそり立って妙なビンをもち出して、それを自分のコップに入れなさるのよ。大笑いしてしまった。それは、タンシャリベツなのですもの、あの甘い。マアこれは妙案だと大笑いでね、しかもおじさまはいくらか気のぬけたビールがおすきなのですって、愉快でしょう? でも、口が大分まわりにくく、おっしゃることをききとりにくいわ。一杯きこしめして、暫くしてもうわきへころりと横におなりになってスヤスヤ。やがて九時ごろになって、私が急に大きい声出して、笑いながら、さあおじさま、もうそろそろおいとまいたしますよって云ったら、むくり起き上ってパチパチして、改って御挨拶で、これも大笑いいたしました。こっちはすることがないから、かえりたいかえりたいと云っていらっしゃるのですって。せまくて、木を切ったりも出来ないからね。
 でもこういう親子三人みていると、みんな単純な心持で、周子さんなんか、頭もそれなりにきいていて、なかなかいいわ。いろいろのことがないと私なんか時々はフラリと行って見たいようだけれど。さっぱりした気質ね。
 富田みやげというせともの入りのわさびの味噌づけというのを頂きました。それと雲丹《うに》の玉というのを。あちらの雲丹は美味しいけれど、あなたは雲丹お好きだったかしら。私知らないわね。私たちの御飯に雲丹なんてあったことなかったことねえ。十月二十日すぎ防空演習が終りますから、そうしたらもう一度あの三人を何とか御せったいして、おじさまをおかえししましょう。六十六ぐらいでいらっしゃるのに、まだわかいのに。年をおとりになっているわねえ。
 周子さんは和服より洋服がすっきりしてきれいよ、和服は妙にごてごてにきるもんだから。赤い色(日本風の)が似合わないのに、日本の服は年[#「年」に傍点]で紅さを氾濫させるでしょう、顔が変に重くるしくなってしまうのよ。平凡な服をさっぱりきていてよかったわ。ああいうことでも働いている女のひとには活々したところがあって、大まかのようでいてなかなかつましいのよ。都会の暮しかたをすっかり身につけていて、生活力があるわ。姉さんは、あれはもっとち
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