ないのよ。一輪の花はうすい黄色と緑。もう一輪は柔かい桃色と黄色でした。それは大変素朴で、真情的な咲きかたをしていました。その花たちは、心一杯で手足の短いような恰好をして、と私が笑いながらこの前の手紙にかいたこと、お分りになるでしょう。なかなか珍重すべき美術品なのにね。
 高い天井の電燈がつきました。西日をよけて今坐っているところは灯からは遠いところ。正面の窓がらすにシャンデリーが映っています。
 今どうしようかと考えているの、こんなにおなかすいてうちまでガマンするのかナ、それとも林町でたべようか、よると、かえるのに又面倒くサイナと、考えているの。池袋から上野へ直通の市電はなくなって、仲町でのりかえ、それが又混むのこまないの。電話かけておいて目白までかえりそうです。「タカちゃん、ごはんとおみおつけだけあるようにしておいてネ」とたのんでね。
 では、これでおしまい。又明日おめにかかります。あしたはどんな花が咲くでしょう、朝顔ばかりが朝咲く花ではないそうな。うちの萩は咲くのかしら、せいは高いのよ、たかちゃんが油カスやって迚も迚も高いのよ。風にふらふらとしてそのときはすこし気味わるい。

 七月二十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 又、前便かきおとしの記録のことだけを。
  五月二十四五日ごろ支払いの分。
 一、速記料 十一月二十一日分
                六六・〇〇
       十二月  二日分
 一、同   五月八日請求(四月十八日の分)三四・〇〇
 一、加藤、西村公判調書 七八六枚四七・一六(一枚六銭)
 一、西村マリ記録  三部三一・五〇
 一、証拠物写シ 五組  四三・二〇
       計    二一一・八六
 これが、五月に支払いスミの分。
  七月十五日に、新しく請求をうけその一部分を支払ったのの内わけは左のとおり
 一、木島公判調書 一二回四通 四七・五二
 一、同      三、四回四通 五九・一八
 一、袴田上申書  三通    四四・二二
 一、袴田公判記録 四通    四一・一四
 (あなたのお話で、これが二重になっているのがわかりました。)
       計    一九二・六六
 のうち、重複している分が不明だったので
            一一〇・四〇
だけ支払いずみです。重複した袴田の記録は半額をふたんするのでしょう? では残額八二・六六銭のうちから二十円五十七銭引いたもの六二・〇九銭支払えばよろしいわけでしょう。
 あついことね、この二階もややましな蒸風呂です。

 七月二十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 七月二十二日  第四十六信
 先ず七月十日づけの、ゴロゴロ第二信十九日に到着、どうもありがとう。おくれるというのも折にふれてはなかなか愛嬌のふかいものです。これは、ピカッ、ガラガラとはゆかず、きょうこの頃の私の胸のひろがりのなかでは遠雷のとどろきで夏らしい調子です。しかし勿論このことは、いきなり私がベソをかかないというだけで、書かれていることを、どうでもいいとしているのではないのよ。
 そして、私は何となくすこしニヤニヤもするの。だって、時々こうしてあなたが私に雷をお落しになるの、万更あなたのためにわるいばかりでもないでしょうと思って。それは、そのときは島田言葉の所謂「歯痒い」わけですが。お父さんの所謂「卑怯未練な」(これ覚えていらっしゃる? お母さんが手袋を一寸見えなくしておさがしになったとき、お父さんが床の上に坐っていらして、「ええい、卑怯未練な」と仰云ったので、私が大笑いしてさがして、「ホラ卑怯未練がみつかった、みつかった」と笑ったの)次第でしょうが。家庭の情景というもののなかにはいろいろ滑稽な面白い要素もあるもので、その意味で私が雷おとされるのも、うちらしくて至極結構です。あなたも、たしかに女房というものをもっているようなカンシャクもおこせて、悪いばかりではないわ。誰が、私のあんな他愛のないベソ顔を見る光栄を有するでしょう(!)何から何まで絵でかいたように完備した女房なんて、叱ることもなくなって、きっとあなたは退屈よ、「バカだなア」という表現にはそう云える対手にしか流露しない親密さがこもって居ります。そして、そういう人の心も、そういうとき独特のゆたかさがあるのよ。そうでしょう? 今に、私は益※[#二の字点、1−2−22]ベソをかきながらよろこぶようになってゆくでしょう。
 さて、暑いこと。十年来に三十五度になったそうですから。今この机の上の寒暖計は三三度です、九一度ね。下はどの位かしら、面白いからくらべて見ましょう、風がふいても熱風です。
 二十日には口が渇いてお苦しそうでした。暑気で体から何かがしぼりとられたようなお顔の色でした。疲れたでしょう? 本当に、あつい番茶でもさア、とのませてあげたいと思いました。私の汗は玉と云おうか大雨の如しと云おうか。それでも、やっぱり私はあついお茶やおつゆをのみます、あついものをたべると、汗はひどいひどい有様でも体がダルくならないの、これは妙です、ですから、うちはその点禅坊主の方式にしたがっているわけです。暑いときの熱いものは極めて爽快です。そして、出来るだけ早くねて、窓あけて。あなたはユリが又逆戻りしそうだと御心配ですが、それは大丈夫よ、自分の気分がわるくて、能率の低下がわかっているのだから。
 ところが、二十日の日は思いがけないことがおこりました。あれから、理研の文化映画の試写へまわって、久しぶりで面白いのを見て、夕飯をうちでたべ、そろそろ寝仕度にかかろうとしていたら(十時ごろ)戸台さんの友人から電話で、盲腸だというの、入院するのに医者を、という相談なの。ケイオーということですが、あすこの三等なんか、前に耳のわるい人のことで経験しているし、変な若い人に切開されては大変だから、宮川さんがよかろうと、十一時二十分前ごろ家を出て、青山の宮川氏の家へゆき、白山の戸台さんのアパートへ案内しそれから、駒込病院に入院して、手術が終ったのが午前三時。まさに盲腸はやぶれようとしていたところでした。それにくっついていた由。おかげで命一つを拾いました。うちへかえったのは朝の七時。
 何しろ、この頃自動車がないでしょう。青山へゆくんだって省線、市電、白山にゆくのだって市電、夜なかにかえれず、朝を待つという次第で、病人のときは実に閉口ね。宮川さんは小さい体を実にマメに動してくれるので、ありがたく思いました。
 戸台さんたらお酒をのむのがバレてね、腰椎《ようつい》の注射がきかないのですって。腰ツイがきかなければ全身もきかないのだそうで、局部で手術うけて、痛がってうなっていました。アルコールとは何とひどい害悪でしょう、こわいと思いました。命にかかわるような病気のとき、アルコールと性病とは決定的なマイナスですね。「これにこりてお酒やめればいい」と云ったら宮川氏「イヤ、安心して益※[#二の字点、1−2−22]のむかもしれません」と。
 経過は大丈夫でしょう、昨夜窪川さんにもしらせてやりました。びっくりしていた由、きょう鶴さん行って見るとのことです。
 右の次第で、きのうの日曜はへばってしまっていました。昨夜は早くねて、きょうは大丈夫。しかし、余り暑いと頭の中が真白くなってボーとすることね。
 野原から冨美子は来ますまい。きょう、お話しする家の事情で。
 家をかりて勉強するというのも、第一家不足ですから適当なところないし、一室かりても女は、やっぱりキュークツなところもあってね。それに私はテーブル、椅子もちこむのも面倒で。フーフー云い乍ら結局この二階で暮すでしょう。
 新しく来た恭《きょう》子という娘は、きっちりしたいい子です。真面目な、丁寧な、いくらかヤスに似た俤のあるいい子です、心に厚みがあります。これは私が飢えていたような味ですからうれしいと思います、家も清潔になりましたし。だから暑くても辛棒出来るところも増しました。
 暑いときは、ひとがよそへゆくから、きっとお客もへるでしょう。避暑の習慣なんかないからその点は平気です。私はつくづく、お茶がのみたいときのめるのに何をか云わんやと思うのです、何だか私の気持の標準はいつもそこにあるから。
 おや、風が通るようになりましたね、
 多賀子が病院からかえって来た(レントゲンの日で)。切腹居士どうしたかしら。
 切腹居士と云えば井汲さんの旦那さん、重役になって、そういう生活から又この頃ヤーエンコでさぞうだっていることでしょうね。赤ちゃんを生もうとしている花子さん、眉毛つり上げているでしょう。
 金星堂、紙が手に入らないでまだ印刷にかかれないのですって。文芸のものはそうですって。科学のものは先にゆく由。文芸が急を要さないもの、贅沢品の一部と思われるうちは文化も稚い足どりというわけでしょう。
 十九日にかいて下すったお手紙、何だか楽しみです、きょう笑っていらした様子から。
 これから森長さんのところへ行って来ます。ついでにこれを出すために、一区切り。表は別に。
 呉々も暑さをお大切に。横になっているのが苦しい夏は休養もむずかしくてね、夏は本当に心がかりなときです。

 七月二十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 七月二十四日  第四十七信
 きのう二十二日朝のお手紙――夏寒物語の分――がついたら、けさは十九日の分がつきました。面白いのね、この頃は。よく、あとの雁が先になります。ついた順に二十二日づけの分から。
 やっぱり、あのチェックは夏寒なのかしら。それは一応紳士道から云えば、チェックつけるということから一つの例外ですけれど。でも、夏寒かしら。私にはどうしてもあの線の表情が見なれたものなのだけれど。独特なのよ、御存じ? 非常に一種のトーンがあって、それは、あなたが何か一寸み[#「み」に傍点]を入れてものを仰云るとき、背骨をごく表情的にお動しになる、あの感覚がいつも線に出ている、それなのだけれど。まあ、いいわ。私はこの夏寒むは未解決のままでいいの。なかなかそこにいいところがあって。
 麻の手拭は、木綿よりアセモをなくします。くびのところにアセモが出来ていらっしゃるように思いましたが見ちがいでしょうか。枕につくところムンムンすることねえ。何かいい工夫はないものかしら。しきりに考えているのですけれど。座布団なんかは駄目ね。むしろかたいものを何かでくるんで、頸のところをすかすようにした方が、いくらかましかもしれません。水枕なんて夢物語の一つでしょうねえ。
 美術刺繍の花弁の形、なかなかいいでしょう? やっぱり夏寒む的でしょう。
 ああ、それからこの間のシャボンはアセモのこと考えてホーサン石ケンです。いくらか、普通の石ケンよりはましでしょう、あれがなくなった頃又お送りします。夏はああいうのの方が刺激がすくなくて且つ皮膚のためにようございますから。
 本の(河出)題のこと、いろいろありがとう。私はこういう風に、あなたがいろいろと考えたり相談にのって下すったりするの、大変にうれしゅうございます。季節感のことは、本当ね。よほど何かそれ自身含蓄のあるものでないと、やはり季節の感覚だけ浮きますから。
 私はいろいろと考えて、一種微苦笑を洩しています。本屋が、ガサゴソいろんな妙なものでひとわたり儲けて、さて、すこしと気が落付いて、私のものなんか出すという気になる。すると、そこには又別の条件が生じているというような塩梅で。どうもなかなか活現実ですから。
『書斎』のこと承知いたしました。
 作家の生涯が、時代、環境、家庭、資質様々の綜合ということ。何と痛切に実感するでしょう。きょうも『朝日』の学芸で、杉山平助が書いていて、山本有三が『主婦之友』とかにかいていた「路傍の石」をかきつづけられなくなったということを、作家が事実を通過して描けなくなった今日の現実を遺憾とする意味でかいていました。有三でさえという意味で。人間の心の成長、時代のうごきの必然には、明暗があるのが当然であって、そこを通過
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