再整理をし、加筆した。附録として文化年表も作成した。それらの仕事に手間どっているうち十六年一月からの作品発表禁止で、中央公論社では出版見合わせ。遂に中絶した。そのゲラが見つかって一九四七年実業之日本社より出版『婦人と文学』。
[#ここで字下げ終わり]
七月十三日(消印) 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
七月十二日
只今は午後の一時四十五分。この図書館の室はひろくて天井も高いけれども、今は大変眠たいの。ゆうべ蚊がひどくて夜なかパチリパチリやっては目をさまして。よんだ本がつまらなくて。つまらなくてもよまなくてはならなかったのですが。そちらもきっとこんなにムーとしているのでしょうね、きょうはムーとする日です、さっさとふればいいのに。
さっき御相談した本のこと、河出の。大変古いものだけれどまとめて見ましょうね。ここのかえりに林町へまわって作品目録を見て、河出の方でさがして貰いましょう。思いがけないこともあるものです。
それから手紙のことね、あれはフセンをつければいいのですって。きっとそうだろうと思いましたが。あたりまえに紙を切ったのにちゃんとした所をかいて、左記へ御転送下さいと、貼りつければいいのです、そのままの上から。池袋から来て仲町で上野ゆきにのりかえるとき、むこうを見たら郵便局があったから、一寸かけて行ってききました。
それから、もう一つ忘れたこと、それは、きょう手拭とシャボンとをお送りしたことです。その手拭は麻ですから夏は使い心地ようございます。麻の手拭は不思議にいくらギューギュー汗の顔を拭いても皮膚があれません。それにね、その手拭の両方の端に一寸した小さい花模様があります。その花の名は、よろこびの花、というのよ。暑いでしょう? ですからそんな花のついた手拭を是非つかって頂きたいと思って。もしか今つかっていらっしゃるのがあっても、それは暫くおあずけにして麻の方を使って下さいまし。どうぞ、ね。その簡単ないくらか滑稽な花模様から、きっとあなたはいろんな可笑しさや面白さをお感じになれるでしょう、その花はそんな恰好をしてついているのよ。心は一杯で手足が短いというような花なの。可笑しいわねえ。
『文芸』の最後のところの下拵えのために来ているのですけれど、所謂《いわゆる》輩出した婦人作家たちのものをよんでいるわけですが。どうも。大谷藤子という人は、真面目でいいけれども、その真面目さがまだ活力を帯びていないし。美川きよが小島政二郎とのことを書いた小説をよんで眠たくなったのですが、どうも閉口ね。婦人作家という職業[#「職業」に傍点]の確立、一家をなす[#「一家をなす」に傍点]ことに、実に汲々たるところが最近のこのひとたちの共通性です。年れいのこともある、女としての男との生活のけたをはずれていることからもある、小説をかくためには一旦常識の世界を見すてているのだから、女がその見すてたところで身を立てるということは、経済上の必要ともかさなって、職業人としての食ってゆける面へだけ敏感になるのですね。ここがしめくくりとしてあらわれる今日の現象です。婦人の評論的な活動のにぶいことと、この一家をなす必要に迫られていることから、明日の婦人作家がどうぬけ出し育って来るかが大きい課題です。これは、文化の、もっともっと大きい課題とつづいて居りますからね。今月はこれを終り迄書いて、初めの部分と自然主義のところをもっとよくして、水野仙子、小寺菊などをもっとよんで、そしてまとめます。それと『新女苑』の Book レビュー。今月は「科学の常識のために」かきましたが、来月は何にしましょうね。私は今迷っているの、もうきりあげてしまおうか、それともいようかと。ここに水野仙子の本は一冊もなくて弱ります。
七月十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
これは、この間お話のあった支払いに関することだけの手紙にいたします。
七月八日づけのお手紙にあった九月二十二日請求の分二通というのも判りました。あれは本当にそうでした。あの節、ともかく一応と云って私が払っておいて、あちらへ話すと云って受とりを先生もって行ってしまっていたので、受とりだけしらべたのでは分らなかったのでした。帳面とつき合わせ判明いたしました。あれなんか性質から云って勿論申します。
八月三十一日支払の分三通もわかりました。これは月曜日に行って、先ず上げるものをあげて、それからすっかりはっきりするよう、書きつけを渡します。
今年に入ってからは、今回のが初めてです。その内わけは左の通り。
@5.3銭
一、林鐘年予審 四通│ 二一二枚 │一一・二四
一、蔵原惟人 二 │ 一九二 │一〇・五六
一、手塚英孝 二 │ 一六四 │ 九・〇二
一、鈴木正二 外二人 │ │
予審決定 各二┐ │ │
判決 二┘ │ 一四〇 │七・七〇
一、富士谷真之助 │ @5.5 │
(a)予審調書 六、七、八、九回 二通│ 一五六枚┐│
(b)予審決定 二 │ 七八 |│一七・八二
(c)判決 二 │ 九〇 ┘│
一、逸見重雄 上申書 三通│ 二〇七 │一一・三九
一、横山操 公判調書判決 二 │ 二七四 │一五・〇七
一、宮本抜書 一 │ 三 │ ・一七
一、西沢公判調書 二 │ 三四四 │一八・九二
一、生江健次 (予)第三回より 一 │ 二二一 │一二・一六
一、逸見重雄 起訴状 二 │ 一八 │ ・九九
?一、秋笹正之輔 上申書 四 │ 七六〇 │四〇・二八
一、大泉検診書類 一 │ 四 │ ・二二
一、秋笹正之輔 公・調 四 │一二五六 │六六・五七
?一、秋笹正之輔 上申書 四 │ 七六〇 │四〇・二八
一、逸見重雄 第二回公判調書 四 │ 七五六 │四〇・〇六
一、宮本文書目録 一 │ 二一 │ 一・三六
一、山本正美 調書(十四年十二月) 四 │ 五二〇 │二七・五六
一、逸見重雄 公判調書(十四年十一月分)四 │一〇一二 │五三・六三
三八四・九〇
以上が今回分。今こうやって書き出してみると、? のつけてあるのが全く二つ同じもののようですが、どういうのでしょうね。二種類のものが偶然全く同じ枚数であったというわけでしょうか。これもきいて見ましょう。もし重複して書き出されているなら引かせるのでしょうと思いますが。
これと、前のと合わせてすっかり勘定すると、これでやっとすっかりきっちりすることになります。どうもいろいろありがとう。私は得手でないし、現物は見ていないし、フーフーね。
では、この手紙はこれでおしまい。
今はひどい風です。きょうは三島の方は嵐のようです。寿江子のいた熱川の方は大雨で、人の死傷も出ました。あの辺は風当りがきついのね。では暑さお大切に。
マアこの鳥籠二階はゆれること。鳥カゴと云えば「青い鳥」のメーテルリンクが、八十七歳とかでアメリカへにげてゆきました。ニースの家もブラッセル銀行の預金もなくなりました。当分は、シャリー・テムプル主演の「青い鳥」の権利金で暮しますと語った由。彼には、『智慧と運命』という本があります、御読みになったかしら。その『智慧と運命』はこのような彼の今日の現実でどんなに彼を助け得るものでしょうか。青い鳥の籠は、アメリカが動物移入を禁じているから禁じられて、もって上れなかったそうです。これは何だか妙なことね、青い鳥なんて、インコーか何かでしょう? 生きているそんな鳥持って歩いたりして、妙ね。女優であるおかみさんの客間趣味かもしれず。
では本当にこれでおしまい。
七月十五日(消印) 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
七月十四日 第四十六信
今、別に謄写代についての手紙を一封かき終り、これをかきます、ああ、何とひどい風でしょう、グラリと二階がゆれます。あおりをくって。南の方がつよく吹くときはいつもこうです。
七月八日づけのお手紙への返事から先ず。
しきぶとんのことは承知いたしました。ちゃんと用意しておきましょう。スフ綿でないのがこしらえられるからようございました。でもね、この頃細君連の神経はこまかく働いて、どのうちでも、綿をうちかえしにやると、スフの方ととりかえられることを心配して居ります、私も人なみにその心配をします。人情がさもしくなる、ということは決して大きいことから成ってゆくのではないところが面白いものです。
面白いといえば、この間、岡本一平がアインシュタインにくっついて歩いたときの書いたものをよんでいたときに、日本人が何かというと、面白い、という表現をしているということを特にあげていて、興味を感じました。東洋風の大ざっぱな、直観的な、そして腹芸的表現ですから。面白いわね、という表現でしか表現しない話ということの意味も新しく感じられて。
私が忙しいときほど、早寝早おき大切ということはよくわかります。十日毎の表というの、全くありがたくはあるのだけれど。全くありがたくはあるのだけれど。――しかし私としていやと云い切れない次第ですから仰せにしたがって復活いたします。弱って来たりしてはいられないことは確かですから。でも、二時頃というのは毎晩のことではなかったのよ。その点は御休神下さい。
一頁勉強のことも元よりそのつもりで居りました。私がいくらかジャーナリスティックな仕事と、そうでない仕事との見境いがつくようになって来たのもおかげですから。
それから島田からかえりのことね。あれは偸安という意味からだけではなかったのでした。非常に疲労していたし、且つ又婚礼の場所へ御客に来たひとのことなどの関係で、その方が途中スラリとすむこともあったのでした。いずれ又お話しいたしますが。行きはおっしゃるようで行ったのですから。そして、そんなことについて、面白くもないものたちがすましこんでいるような雰囲気がすきでないことなんか自明ですしね。多賀ちゃんなんかの所謂影響のこともありますけれど、前後の事情から彼女も大いに恐慌していたから、意味はわかっていました。まさかぜいたくとは思いません。その点は大丈夫よ。念のために一こと。
今年の夏は体の工合は案外にもちそうです、オリザニンもちゃんとよくのんでいるし、眠ること、食物のこと、よく気をつけて居りますから、何しろ、八月から長いものかき出そうといきごんでいるわけですから。
河出の本のこと、旧作でもよいそうです、図書館でよんで見て、きめて(作品を)それから人にたのんで写して貰わねばなりません。この次は新しい方をとのこと。予約して欲しいと云って居りました、今度のに入れようと思うのは、
一、顔 一九二三? 四 中公? 太陽?
二、伊太利亜の古陶 一九二四、五、中公
三、心の河 一九二四 改造
四、小村淡彩 一九二六 女性
五、氷蔵の二階 一九二六 女性
六、街 二七 女性
七、高台寺 二七 新潮
八、白い蚊帳 二七 改造
大体こんなところ。よく読んで見なくてはね。覚えていないのさえありますから。新しくつけ加える近ごろの作品については、大いに頭をひねります。どうも程よいものがなくて。或は何にもつけないままに
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