やからに、リアリスムのこんな境地のあることを、どんな描写で学ばせることが出来るでしょうか。
 十一日のお手紙。情痴文学がそこまで歩み出せば、それは進歩であるが、もっと複雑な要素に立つ文学がそこへ腰をおろしては退歩であるということ、この関係は正しくとらえて云われていると感じます。あの『現代文学論』にしろ「文学史」にしろ、その前の方の側から云っているが、後者の側をはっきり押し出していないというところに難点があるわけです。更に、この頃の妙な文学の従属主義に対する意味で『現代文学論』の著者は、芸術のための芸術の価値を裏側から云っているわけですが、やはりそこには人間へ還れの場合にすべり込んでいるあぶなかしさのまま一歩進めているところがあって、むずかしいのね。或ものには進歩であるそのことが或ものには退歩としてあらわれるということ、そのダイナミックなもの、そこですね。このことは、いつぞやのお手紙にあった論理的把握と歴史的把握との間にある空隙のことと共に大変有益です。こういうところ私は忘られないのよ。具体的で実にわかるの。ありがとう。
 それから、友情論について。ここに云われている点、その通りです。例
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