して又考えるのは、表現の手法の可能の上にある男の芸術家としてのちがい、女の芸術家としてのちがいの天然の面白さ。本当にそれを思います。表現の可能を逆においてみて、女性の芸術家の闊達性が同じ表現に近い手法をとったら、読者としてのあなたはどうお感じになるでしょう。こんな爽快な笑いがあるでしょうか。そうではないと思うわ。きっと心配なさるでしょうと思います。破れた(何かの均衡が)形として感じられるでしょうと。そんなところにある表現の差、微妙ねえ。何と微妙でしょう。女性の芸術の闊達性が、さすがのユリもという表現で出て、健全に明るくあり得るところ、面白いわね。ここのところ千万無量の面白さ。何か本当の男らしさ、女らしさ、その美しさ、自然さというようなものの意味で。女を女らしくあらせるほど男の充実した男らしさの面白さ。
 ぷちぷちと小さくうれしく湧き立つような心持があって、私は血液循環も爽やかに大いにがんばりのきく気になって居りますから本当によかったと思います。実に適切な読みものの選択でした。思念的なものでは全くだめな状態であったということが一層はっきりするようです。ああ些末主義をリアリスムと考えている
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