力ある痙攣を覚えていらっしゃるでしょう? すべての精神の燃え立つ活動には、音楽でも文学がもっているようなああいう強烈な痙攣の経験があることは実に実に面白いところです。ワグナーなんかは終曲をもっと俗っぽく扱って、ヴェートーヴェンのように序曲から高め高めつよい人間と神のまじったようなサスペンスでもち来したものの必然の終曲としていないから、只音の大きい束ですが、ヴェートーベンは何とその点こわいように生粋でしょう。高まり高まって、もうテーマの発展の限りの刹那、彼は全曲のふるえるばかりなフィナーレの第一の音を響かせます。そして、大きいテーマが自然のしずまりを見出すまで、又も又もとうちかえして来るうちかえしの趣。よく御存じの第五交響楽のフィナーレ。そうでしょう?
小説の結びの一句は何と全体のいのちの感銘の集約でしょう。多くの読者は、作者がよろこびきわまった、殆ど悲痛な感動で一字一字とおいてゆくその結びの数行を一生心に刻まれてしまいます。
そういうほど、いのちを傾けて展開されるテーマというものは、作者にとってどんなに自分の身内のものでしょう。どんなに自分ときっても切れないものでしょう。
三文作
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