かれている例にしてみても、題は歴史を語ります。ここにあげられている思いつかれた題をよんで、私は無量の感想にうたれます。こういう題の本が出るべきであるのに。そういう題がつけられていい筈のものであるのに。
高山のは元のにします。一寸というところはよくわかるのですけれども。勿論よく考えますけれども。現代は題をつける上で、又おのずから微妙なむずかしさがあります。題だけで、そしてその題と著者の名をよみ下しただけで反撥する、そんな神経も題に対してあります。わかるでしょう? ちゃんとしすぎていて通用しない、そんな実際についておわかりになるでしょう。私だけ特別な成層圏にいるわけにゆかない。しかし、最も多く健全な酸素をもつものであろうとする、そういう努力の一つの形として、たとえば「日々の映り」の主観性もより雄弁なものにふくらまそうというわけです。
十二日づけのお手紙しんからうれしいのですけれど、私は自分たちの生活的リアリズムのために、あなたが私の努力を十分みとめて下さりつつ、その努力の価値と意義とは、私がアマゾンであるからではなくて、毒ガスに当てられれば死ぬ人間らしい人間であるから、益※[#二の字点
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