横からずっと入って、左へ行くところを右へぬけました。先のうちの前。門はしまって、寝しずまっている。月は中天にあるから濃い自分の影が足の前に落ちて居ります。そして街燈の灯はぼやけて、もっと大きい薄い私の影をすこし斜《はす》かいのところへ投げるので、砂利をふむ草履の音をききながら、あすこの道をゆく私には二つの影があるのよ。二つの影は何という感じを与えるでしょう! ブッテルブロードをもってかえっていらっしゃるあなたの影も二つあったのだと思います。胸の中で生きものがねじられるようです。そして、歩いて来たの。
特別な疲れかた故、多賀ちゃんが風呂をわかしておいてくれたのが本当にうれしく。ゆっくり入って、そして、思い出すの。何て夢中で入ったお湯だったろうと。床に入って薄くあかりつけて、なかなか眠りが来ず。しずかな寝息がきこえるようなのですもの。凝《じ》っとその寝息の感じを聴いていて、又胸の中の生きものが体をねじるのを感じます。そして、バロックの装飾に、アトラスが下半身は螺旋《らせん》の柱によじられた形でつかってあるのなどを思い出し、そういう様式化のなかに何という残酷さがひそんでいるのだろうなどと考
前へ
次へ
全590ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング