を示しているとともに、そのこと自身すでに自然主義へうつりゆく潮先を暗示するものであったこと、晶子の自然発生の感性の発揚は、しかし文学上の自覚としての文芸理論をもっていなかったこと、一葉もそうであること(これは今日までの一般の婦人作家の特長のようですから)、そこに問題が明日へのこされていること、そして、彼女のかいた評論、随筆のリアリズムと歌のロマンティシズムに分裂があって、そのことは評論に彼女独自のリズムや詩情を盛ることが出来ず、――理性を詩にまで高める力がなくて、あり来りの男のような文章(つまらない)にしていること、その分裂は多様性と云えないことなど。
 この前かいたときにはまだ足さぐりで、ゴタゴタなの。一年一貫したテーマで勉強したということは、やはり決して軽々なことではないのね。この仕事は本当に立体的な成長を語るもので、個人的の範囲をいくらか出ていて、うれしいと思います。自然主義のところで、女は文学の発足において、男が女に人間を十分認めないことに抗しているのだから、女を雌のように見る卑俗ナチュラリスムには入れなかったこと、などにふれ、反自然主義の青鞜あたりから大分手を入れないでよかり
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