そうです。全く見ちがえるようです。断然ちゃんと気のすむまでやらなければなりません。
 河出の本、重複はさせますまい。十一月号にかく小説を入れます。それは「日々の映り」をかき直すの。
 小説についてね、私はすこしこの頃考えて居ります。
 私の評論は何故読者にとって感銘的なのでしょう。普通それは、頭脳的に云われているのよ。勤勉であること、よくくい下ること、緻密で熱があること。俗に頭がいいから云々と。でもそれはちがうと思います。私の評論には自分が腑におちるところまで辿りつめる探求があります。だから、ある感銘をもっているのだろうと考えます。決して所謂頭のよさなどという皮相のものではありません。
 小説を、どういう心の状態でかくでしょうか。昔かいたときは、あるテーマにうたれて、その一筋をたどってかいて行って、自分にわかっていたのは、そのテーマの範囲だけでした。しかし今は、自分として解決したところに立ってかいているような気がします。勿論作家は解決したところに立って(何かの形で)かくのではあるが、何というかしら、心理の解決に到った道筋をまた逆にねばって戻ってあの小路この小道という風に歩かないのね。こ
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