[#丸3、1−13−3]国立公園富士・清水港より「港から」の写真絵はがき)〕
※[#丸1、1−13−1] 九月七日、サイレンが鳴ると、ソラと云って、私も昔の父の仙台平のハカマを縫い直したモンペをはいて熊の仔のような形で出ます。この度は見張りが二人ずつ三十分交代となりましたから大変便利です。この界隈はしずかな隣組で、それも仕合わせです。住居はそういうことにも関係をもって来ました。樵雪という人の絵は、岩や松が生きもののようにムーッとしていて面白いと思います。いかにも一刻な画家らしく。
※[#丸2、1−13−2] 九月七日。何と東海道でしょう。もう一枚の肉やのエハガキとくらべて見ると、ほんとに面白いと思います。肉屋のエハガキからはスケッチもかけるし、小説もかけるようです。それだけ生活がある。マアこれは風景だ、と云えばそうではありますけれど。西太后という女のひとの生活力は大したものであったことが今日万寿山を見てもわかるそうです。エカテリナの生活力が今日でもその建物によってわかると同じでしょうか。エカテリナはヴォルテールと文通しました。西太后はその生活力を傾けて反動でした。
※[#丸
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