た心持は、何かおそらく一生忘られないところがあると思います――公判のため無理な出廷をして喀血して以来、顕治の健康はずっとよくなかった。裁判所ではあれこれの方法で顕治を出廷させようとして、ある時は拘置所へ出張して公判をつづけようとしたりした。その後、この手紙の時期になって裁判所は顕治を一時拘置所外の療養所へでも入って治療を許可するかのような口吻をもらした。そのことを顕治は百合子につげる時、「多分そんなことは実現しないだろうが」ということをくりかえしつけ加えながら、それでも万一そうなったとき必要な買物などはしておいた方がいいねと云った。顕治の拘禁生活七年目、彼が三十三歳であった。裁判所のこの思わせぶりには転向が条件として附せられていたことがわかったので、顕治は断った。九月六日の手紙と、それに対する顕治の十日の返事はこのいきさつにふれている。
[自注5]そういう会――情報局の編輯者を集めての会議。
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 九月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(※[#丸1、1−13−1]満州国民衆風俗「路傍の肉屋」、※[#丸2、1−13−2]国立公園富士・鈴川より「橋畔に立ちて」、※
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