っているでしょう。
 この数日に経験した心持は、何かおそらく一生忘られないところがあると思います[自注4]。ね、人間の心に何年も何年も一つのことが保たれている、保たれているのは、それが散りぢりにならないのはそこに大した力がこめられているからでしょう。ある瞬間、その永年のサスペンスとなっている力の全部がうち傾いて、生活の中に滝のようにおちかかって来ようとする、そういう刹那の感覚。それは決してある事が別の状態になるというような平坦な継続ではなくて、まるで目のくるめくばかりの力の飛躍、いのちの飛躍です。しかも、そのような巨大な転換が刻下に生ずるのではなくて、今にこれだけの総量がおちかかるのだろうかとそのボリュームをはかりつつ、滝壺の深い深い深さをも感じる心というのは。それだけの力の傾きを将に間一髪のところで支えている心というのは。
 大波小波のうねりにしろ、大きい大きいうねりでした。わたしは泳ぎが出来ないで残念ですが、でも、高い高い濤にのって、その頂に運びあげられたときにも、気を失わなかっただけはめっけものであったとお思いになるでしょう? 息がろくに出来ないようになっても、バシャバシャやらな
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