たやづくりの二階屋です。往来から見えるところに狭い待合所があって、母につれられた女の子が横になっているのが見えます。きっと病人をあずかるときは普通の二階の部屋をつかうのでしょうね、こういうところは。老いたる武士の帷子《かたびら》姿という感じがその家に漂っています。
 その前をとおりぬけるとすぐ三田のケイオーの正門の通りへ出たので、おやおやというわけです、丸善がついそこで。
 人の感情が年を重ねるにつれていろいろに傾く地理的な環境というようなものをも面白く感じました。一方の丘の上は自家用車が走っているようなところ。そのこっち側は、ああいう小さい庶民の営みが充ちていて、そこで、一種の気骨が聖医というものにしてゆくのがまざまざとわかるようでした。勿論人によって逆になるのだが。
 こっちから「いくらよこせ」なんぞとは云わない。だが、自分の方法に疑いが一寸でもあるならよそへ行ったがよかろう、そういう気分が、黒板塀に語られているようにも感じられました。なかなか明治ながらの角燈なんて趣味のはっきりしたものであります。家というものは本当に性格的ね。この目白の家なんか、やっぱりひとが見たら何か性格が語ら
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