った見かたもあったわけです、その現実の相異を、鴎外の主観は何と云っても身分的な差別は失っていて一般人間性のこととして見る丈歩み出していて、その進んだところに止った意味で限界の示されている面白さ。そこから、鴎外が歴史へ働きかけてゆく作家の目と心とを否定して、抽斎などの伝記ものをかくに到った過程はよく分ります、そして鴎外は歴史に向って作家としての手をはなしてしまった。
 芥川はあくまで歴史小説をかいたのではなくて、主観の課題を「地獄変」や「戯作三昧」に表現したこと、しかも何故それを、例えば芸術性と社会性の問題の苦悩をトルストイの矛盾に於て描かず馬琴をとらえたか。そこにあるかしこさとよわさ。それが歴史の中に自分を把握させる力のなかったことと一致していて、歴史のたぎり立つとき、何となしの不安に敗北したということ。面白いわね。菊池のテーマ小説が、封建のしきたりに抗して生命への執着やその適応性や英雄打破に向ったことはプラスながら、彼にあってのその合理性は、世上云われるようにショウの相伝ではなくて極めて日本のもの彼のもので、合理性は自然主義のものをもっていて、つまりは常識のものであること、従って、芥
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