一つ一つと営々と書かれて行かなければならず、そのことでは本年は考えるだけ苦しくつきつめるだけのところから出て来ていて、書く時が来ていると感じます。家が歩いてゆけるところに見つかったら、そのことからもいいと思います。「自分でも認識出来ない負的習性」というものは実に出没自在の厄介ものであるわけであり、「私」の問題も片面ではその最たるものでしょう。例えば表をきっちりつけないこととか、事務的にしゃんとしないこととかをもそのうちに数えられているわけですが。そして、その事自体より複雑な不快をあなたに与える心理的な性質をももっていると思われます。私はこの頃は自分の負性ということについては偏見なしに考えられるようになって来ているし、傷つけられる心持もなしに批評の言葉をもきこうという傾向です。環境的市民的性質のマイナスの作用のことも、謂わばこの頃身に即したものとして見ることが出来、その点も、自分の善意を肯定してその点から自分はとりのけとしておいて、そういうものを歴史性において見るという態度からは育って来ていると信じます。そして、真の成長のためには、現段階で自分のプラスにたよるのではなく、負性に対する敏感さが欠くべからざるものであるのもわかる。「雑沓」が真に描かれるにはこの一点が何か真髄的に重大なものであった。そういうものがそれだけ重大だと分ったのが、昨年夏以後の苦しさのおかげであるというところに、又見のがせない意味があるわけです。
表のこときょうはサボタージュしたねと云われてしまいましたが、十七日にはじめてそちらへ行ったとき、もういいでしょうというようなことを云っていて、それから又あとに、熱は十日まででよいがと云われ、じゃ二月一日からちゃんとつけて、というようなことだったと思います。あなたがああいう目をなさると、駄目よ。私はとたんに叱られる子供にかえったような工合になって、困った気ばかりするから。あなたが、ちゃんとしない、そのことの奥にあることへの気持で仰云るのは判るのですが。ああいう目にいきなり息をつめてしまうのだって、やっぱり私の負性の一つかとも思ってしまいます(半分本気。半分冗談)でも、勿論これは、あなたが私に向ってはどんな顔をなすったって、目をなすったって、いずれもよし、という土台に立ってのことですから、どうぞそのおつもりで。私も段々えらくなってたった一遍でもいいからああいうコワイコワイ目をしてあなたを見て平気でいて見たい(!)
一婦人作家というのは、「木乃伊《ミイラ》の口紅」の作者のことでしたろうか。官能の面の解放者というのはどういうところでのことだったかしら。大正の文学におけるこの女作家の持っていた意味は、単に官能的描写にたけていたということではなくて、男とのいきさつに於て、女が女として自分の我を主張しているところ(官能そのものの世界においても)、しかもそれが我ままの形、身を破る的悲しき荒々しさにおいて出て居り、最も自然主義的な内容でも非理性的で生活も発展の形よりも流転の形をとったことに当時の歴史がうつっていると思われますが。この婦人作家が、その後、一方でよりひろい見聞にさらされつつ他方昔ながらのものに足をかけて生きているために、流転も往年より内容において複雑となり害毒的になり、破綻的となっている。プラスであろうとする側のもので緒口《いとぐち》がついた人的交渉をも、マイナスのもので潰して結局健全な部分(人間的にも文学的にも)からは全く離脱してしまう道どりは、現実の仮借なさを語っていると思われます。
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十時に消燈がどうしてもおくれることについて。どうして、どうしても[#「どうしても」に傍点]なのか納得ゆかないと仰云った。いつも決して[#「決して」に傍点]ゆかないのとはちがうのよ。どうしてもという表現は、あらゆる努力にかかわらず、ではなくて、何と云っても、或はやむを得ず、そういう範囲での内容です。私のいろいろのことに対する要求のお気持から、どうして、どうしてもなのかと仰云るのは分るが、そういうものからすこし間隔をおいて、毎日の暮しの中にはいりこんで来るあれこれ、子供や全くの病人ではない生活のあれこれというものの実際の面から御覧になれば、とりあげて一々の例を並べ立てるまでもないこととしてわかっていらっしゃるのです。そう思うわ。その日の風まかせにフラフラ暮していて、問いつめられると、窮してどうしてもねなどというわけではないのだから。私は自分の生活ぶりの全面的感銘からあなたに一日も早くそういう点に到るまでの心づかいを、注意を不要と感じさせたいと思います。
一日の割当ては、大体午前中に面会と、その他の用事をすませ、午後から夜勉強の時間に当ててゆくつもりです。ものを書くことで面会を休んだりはしないでやってゆく決心です。二つのものが一つしかよしんば書けないとしても、それはそれでよいと思って居ります。私にとってのねうちは、ちがうのだから。去年は毎日の出勤に全くなれていなかったことや内部的に整理されないものが少くなかったことや、体に虫をくっつけていたことやらで、毎日、出てゆくこととその後の印象の噛みかえしと、手紙とで過ぎた如くでした。が、それはやはりそれとして、実に収穫がありました。本年は一歩前進です。出かけて、そして書いて行きます。
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きょうは、よくお話しするバラさん(榊原)が来たので、あのひとは大塚から西巣鴨にかけての地理をよく知っているので、一緒に来て貰って、西巣鴨二、三丁目を随分隈なく歩きました。そして、何と皆それぞれ納っているのだろうとかこちました。そちらの向い側です、バスの通りを挾んで。それから、今度はそちら側にうつって、ずーっと池袋駅に出る迄の裏をさがしましたが、これもナシ。工場といかがわしきカフェーがちゃんぽんに櫛比《しっぴ》して居ります。鉄、キカイの下うけ工場があり、ゴムの小工場がある。昨日歩いたところとは同じ側のすこしずれたところですが。歩いて十五分―二十分ぐらいのところは理想的ですが余り望みない。昔からの条件で界隈の性質がきまってしまっている様子です。中途半端のきらいはあるが、雑司ヶ谷五丁目のぐるりには気をつけていたら或はあるかもしれませんね。七丁目となると東京パンのあたりでずっと遠いし。大体見当はついたから、これからそちらからのかえりにも気をつけ、おひささんにもさがさせます。おひさ君はやすとは全くちがった気質です。アラーつい見なんだと目の前にあるものも見ない、そういうところあり。いきなり家をさがしに出したとこ。そういう点やすはしっかりして居りましたね、自分の判断というものをもって行動した。感心でした。
○さっき徳さんより来信。十九日(日)のばして二十日の分は、用事のためとばすと云ってよこしました。冨山房の辞典のために荀子、老子というようなものを調べているらしい模様です。
○十四日には、あわただしく手紙をかかせ、十六日には御飯のお邪魔になって御免なさい。この間うちは外の暖くなるのを待つ心持で出かけていたので。十四日には前日で[#「で」に「ママ」の注記]くたびれでのそのそしたのですが。これからは又そちらへ九時前後につくよう出かけましょう。
虫が退治られて、きのうも二時間余、きょうも二時間近く歩きまわって足がくたびれただけというのは実におどろくべきことです。よこはらが苦しく、すこしどっさり歩くとおなかじゅう苦しくなったときの気持と比べると。気がつかれる程度のちがいは相当です。
二月ちゅうは毎日ではなくと考えて居りましたが、もう毎日にします。
○有斐閣の本、代金引かえで送るよう注文したから明日あたり着くでしょう。
○いまごろは待ちどおしくて而してこわい手紙がその辺のポストに入っているでしょうか。鉄の赤ポストは公園の鉄サクやマンホールのふたなどとともになくなります。瀬戸もののポストになります。街の燈柱もコンクリートになるのでしょう。『片上伸全集』は興味があると思いますがいかがでしょう、私には心ひかれるものがあります、手紙が収められているそうですから。では明日。
二月十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
二月十九日 第十六信
又ひどい風になったこと。二階は縁側なしだからしきりにガラス戸ががたついて居ます。
きのうはあれからかえったら、玄関に男下駄とインバネスとがあり、誰かと思ったら、いつか手紙に書いたことのある甲府のひと、盛に鶏の毛をむしっている。柳瀬さん中野さんの祝いに出席するために、八年目の葡萄酒と山鳩二羽と、私へは鶏をもって来て呉れたのだそうです。とりをつくるの、実は見ているのがいやなの。とりやへやるからと云ったら、肉をかえられるといけないとこしらえてくれました。汗をかいて。そのうち栄さん来。栄さんの芥川賞候補は候補にとどまり、貰ったのは中里恒子という人です。稲子さんが新潮賞の候補にあがったそうですが、こっちは「子供の四季」や「風の中の子供」をかいた坪田譲治と「鶯」その他農民文学[#「農民文学」に傍点]をかいている伊藤永之介に行きました。こう並べるといかにもその常識性が新潮らしいでしょう。文学的文壇的常識というよりも、市民的常識が匂う。えらいと云われている人には先ず頭を下げて向ってゆく風な。千円ふいになったと大笑いしました。柳瀬中野のお祝いの会はいかにもその人々らしい会でした。久しぶりにいろんな人の顔を見ました。千田さんのイルマさんが子供をお母さんに見せに八年ぶりで一寸ベルリンにかえってゆくそうです、八ヵ月の予定で。八年の年月は、実に昨今では内容的だから、さぞいろいろの感想の深いことだろうと思います。かえって話をきかせて貰うのがたのしみです。イルマさんだけ行くのです。いろんな人からあなたへのよろしく、よろしく、お体をお大切に、ということでした。
きのうは、会へ行く電車のなかでも、テーブルに向っても、折々朝のうちの匂いたかい花束が近々と顔に迫って来て、むせぶようになりました。私は花の香には実に感じ易いから、あんまり芳しいと気が遠くなりかかります。
きのうは、前便で話していたように会だらけの日でした。けれども私たちは中野さんにも骨を折らしてお祝を貰ったから、中野さんたちの会だけにしようとしていたら、三宅やす子さんの会に是非来て呉れるようにというので、それからエイワンへ稲ちゃんと二人でまわりました。AIはイギリス人の細君とはじめた、初めは小じんまりとしたところでした。父たちぐらいの人々がそのイギリス風をひいきにして段々盛になって、この頃では新築して株主をこしらえたりしています。この会はそれぞれ面白かった、というのは、テーブルスピイチをする女の人が皆相当の年で、それぞれの職業で一家をなしているためその特長があらわれて。例えば村岡花子というラジオの子供の時間にいつも話しているラジオの小母さんは、実に自他の宣伝上手でまるでラジオで話す通りのアクセント、発音、変な無感覚性(きき手に対する)で話すの。実に可笑《おか》しい。それから作家でも吉屋信子の機智の土台のあの小説らしさなど。私は三宅さんのもっていた矛盾やその未解決さや生きかたの或正直さなどを話し、きっとそれもはたから見ればやっぱりにん[#「にん」に傍点]にあったことを云ったのでしょう。
稲ちゃんのところでは達枝ちゃんが今日三越のホールでおどりのおさらいがある由です。
今これを書きかけて思ったことですが、私たちは一つところに暮していないために、一緒に暮しているより一日の沢山の時間をお互のために(内容として)つかって居ます。本当にそう思う。こうして書き出して、私は決してもう書くことがなくなったと感じたことはないのですもの。あなおそろし。三時間ぐらいはいつも、です。これからは毎日すこしずつお話をしてゆくことにしましょうかしら。
『片上伸全集』のことね、私は文学史的な意味からも買おうと思います。谷崎精二氏が編輯に当っている由です。この人の些かの良心によって手紙も入れられたらしい様子です。内容見本
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