ラの林があって)省線で目白へかえって来ました。すこし乗物ばかりで残念ですが、やっぱりよかった。
 今、パール・バックの「母の肖像」というのをよんで居ります。そしていろいろバックの心持(書いている)を考えます。心持の性質について考えます。訳者の筆致の影響もあるが、バックの表情にあってかたまっているものが、やはり作者としての感情の底にがっちり構えているという感じ。そしてしたしめないところが生じている。それにしてもこのバックやスメドレイや、アンナ・ストロングなどは其々《それぞれ》に合衆国の生んだ現代の婦人の一タイプです。マドリードの「パッショナリア」という名を得ている婦人と共に。これはラテン人であるが。
 私は又伝記の仕事を継続し、語学を役に立て、小説をつづけ、段々勉強に順がついて来ましたからどうか御安心下さい。非常にいそがしくやっていたのが、急にそういういそがしさはなくなったので、神経が新しい事情のテムポに適応するために時間がかかりました。いろいろの気持も。内外ともなかなか複雑ですからね何しろ。
 一月二日に第一信。八日に第二。十二日第三。十六日第四。二十五日第五、そしてきょうの第六信。一月二日には、私が錬金術師でいやなことからも、金《キン》をねり出すということを書いたのでした。二月十三日の私の誕生日には新しい人たちに何を御馳走しましょう。その前にお目にかかりますが、あなたは私に何を祝って下さいますか? 何をやろうと考えていて下さるでしょう。二つばかりのものは私にもうわかって居るけれども。どうか益※[#二の字点、1−2−22]お大切に。木綿の晒《さらし》にもSFが入るので、あなたの肌襦袢《はだじゅばん》のために大なる買占めをして一反サラシを買いました(!)では又。かぜを引かないで下さい。

 二月十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 伊豆熱川温泉つちやより(つちや旅館の絵はがき)〕

 二月十日 九日の午前九時五十二分で立ち午後の二時すぎこっちへ着きました。網代からバスで伊東まで、そこで又のりかえてバスがいかにも伊豆らしい柔かい枯草山や海やを左手に眺めて海岸の上を走り、二時間ばかりで温泉につきます。ごろた石の坂道で歩くのには工合よろしくないが部屋からすぐ海上に大島が見え温く、昨夜は十時前からけさ十時まで眠ってしまいました。大いに眠ってかえるつもりです。粉雪がちらついている。寿江子がわきでタバコをのんでいる。お大切に。
 この写真はこの家のよさがわかりません。私たちのいるのは正面玄関の向って左手の二階。手拭のかかっている室の右どなりです。左の別棟がお湯。小さい仕切った室があって大助りです。山のダイダイの木に黄色い実がなっていて、光井の村の景色を思い出します。梅は末《スエ》です。紅梅も末。雪益※[#二の字点、1−2−22]。

 二月十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 熱川温泉つちや別館より(封書)〕

 二月十二日 晴 第七信
 この手紙は、伊豆の東海岸のいかにも晴れた日光を受けながら、つちやという宿の八畳の室のカリンのテーブルの上で書いて居ます。
 八日には、元気そうにしていらしったので安心でした。あの風邪流行の中で鼻かぜですませたのはお手柄お手柄。あのときお話の大島の着物、インバネスのこと。あなた何か混同していらっしゃるのではないかしら記憶の中で。もう一度前後のことをよく思い合わせて思い出して御覧なさいませ。ひさのお使いは無駄足だったのですから。
 ところで、二月二日に書いて下すった第三信、九日の朝立つときに着いたというのは実に大出来です。昨年のうちに、やはりこの位の日数でついてうれしかったことがあったけれども。あけてよんで、国府津などにも持って行った例のベルリン製の紙トランクに入れて又こっち迄持って来、今はやはりこの紙の左において書いている。
 本の御注文のこと、これはお話でも分ったからかえったらお送りいたします。二葉亭は私が特に入用でもないから、やっぱり来た毎にお送りしましょう。中村光夫も二葉亭論のときはいくらか見られたが昨今はどうも。書き下し長篇小説も実際には従来の意味での通俗小説めいたものになってしまっています。阿部さんの幸福もその一つであるが、作者は漱石を狙って「それから」や「こゝろ」を念頭において公荘《くじょう》という人物を一ヶの媒介体として現実諸相を反映させようとしているが、「心」の「先生」や「それから」の代助が文化人として、人間として習俗に対して求めて居り主張していたものが何であったかを理解しているものには、今日の公荘が只のガラスでものをあれこれうつす(判断せずに)ものとしてだけ出ているのが、つよい時代的な特色として見えます。インテリジェンスが只ものわかりよさ、あれもこれもさもありなん式の傍観性としてだけしか物の役に立たないでい
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