獄中への手紙
一九三八年(昭和十三年)
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)扶《たす》けて
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)我|能《よ》く汝を護らん。
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
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一月八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
第二信 きょうは風がきついけれどもいい天気。二三日あっちこっちしていて、こうやって机に向ってゆっくりこれを書くのがいい心持です。きのうはあれから気分でもわるくなりませんでしたか? 熱が出たりしなかったでしょうか。割合いい顔つきをしていらしたので安心です。
きのうお話した生活の変化のこと[自注1]について、もうすこしくわしく私のプランを申します。二日に書いた手紙には、びっくりした気持がきっとつよく出ているでしょう。フームと、びっくりしないで、びっくりしたから。
経済の方面では、大体御承知のとおりです。補充の方も何とか工夫がつくでしょう。書くものが変っても、随筆でもなんでも名を別にしても同一人であってはいけず、「情を知ってのせたものは」云々とあるから、文筆上の仕事では不可能ですが。家もおひささんも当分このままです。お話した店の方が形つくと[自注2]、それによって私も戸塚辺へうつるかもしれない。二人の子供たちと七十八のお婆さんときりで、親たちが店へかかりっきれば、店へ通うとして余り頼りないから近くにいてくれたら安心だとおっかさんが云っており、私は又精神的健康法の上からどこまでも扶《たす》けて扶けられてゆくつもりです。私はプランにしたがって一層充実した勉強をしつつ、そういういろんな点で勤労に近くいて暮します。これは今の事情の下では大変いい暮し方で、それを思いついて私たちはうれしい。その意味では張り切っております。どうか、ですから御安心下さい。生活力はいろいろの形をとって発露するものね。あなたがきのうこの話をきいて賛成していらしったし、笑っていらしったし、それもずいぶんいい気持です。私たちらしいでしょう。褒《ほ》めていただいていいと思う。資金の方はまだよくわかりませんが、知人に専門家がいて肩を入れていてくれる由故いいでしょう。私たちのところにはまだ九〇〇ありますから、そのうちから光井へお送りした位まで私は投資するのよ。大した資本家でしょう。(これはうまくやりくりますから、あなたの方の御配慮は無用)正月のはじめは、そういうプランを立てるのにつぶしたからそろそろ又落付いて勉強をはじめます。夜更しが今度こそやまるでしょう。朝から午《ひる》すこし過までにかけてみっちり毎日勉強し、基本的な勉強の本もよくよみ、やっぱりこの中にも愉しさはある。人間の生活は全く面白い。『婦人公論』の正月号にね、近角常観という坊さんが(禅)「一心正念にして直に来れ。我|能《よ》く汝を護らん。衆《す》べて水火の二河に堕せんことを畏れざれ」という文句の解説をやって時局的な意味をつけていたが、洒落れた字のつかいかたを昔の人はやっております。人間が成熟してゆくいろんな段階というものを含味してみると複雑なものですね。でも本当にきのうはお目にかかってあなたの笑い顔と真直な明るく暖い眼差しとをみてスーッとした。かえり道に歩きながら、その眼で私をみて下さい、とリズミカルに、うたのように思いながら勢よく軽く歩きました。
夕方島田の方へ手紙をかきお話した件について、主としてあなたの御意見として申しあげました。その方が御諒解になりやすいでしょうから。どうかそのおつもりで。
私の机の上はこの頃あなたのまだ御存じないものが一つふえました。それは花瓶です。この頃インベやきの紅茶セットなどよく出はじめたが、その焼で水差しの形[#図1、把手のある水差しの絵]で七八寸の高さ。これは珍しいでしょう? 音楽評論社で原稿料の代りにくれたの。たくさん水仙をいけてあります。私のさし当って一番おしまいの稿料がこういう形でのこされたのは興味があります。それにこの位大きい瓶がほしくていたところだからなお更気に入って大よろこびです。昔、私は小さい花を一二輪机の上におくのがすきであったが、この頃は花の蔭という風に左手の机の奥に房々とたっぷり花のあるのが好き。私の贅沢《ぜいたく》。風呂と花とたまの音楽会。二十三日にはゆくつもりだったら日曜日ですね。今年は。それなら二十日にゆこうかしら。
どうかお元気に。乾くから喉をわるくなさらないように。おなかはもう痛まないのでしょうか。では又。皆からよろしく。
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[自注1]生活の変化のこと――この年一月から翌年の夏
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