フには爆笑してしまった。
 広い畑の眺めの上にごちゃごちゃした狭くるしい人のかたまりを見ると、いかにも東京から来て買った畑をせせくっているようで、可笑しいが、ごそごその中に入って、はだしになって健造のもて扱っている薯を掘ってやったりしていると、やっぱり薯掘りは掘るべきものなりというようなところでした。
 団体には景気のいい世話役がついているのがあったりして、庶民の秋の行楽の一つの姿がある。かえりは薯をわけ、それぞれにかついだり背負ったりして、ブラブラ十何丁かある駅まで歩いて来た。
 そしたら余り駅がひどい人なので、すこしすくのを待つ間、広告でもう一つの名所としてある日本第二の大梵鐘《だいぼんしょう》というのを見物に、自動車へ満載で行った。ところが、そこは寺でも何でもないトタン屋根の大作事場で、その梵鐘の発願人根津嘉一郎。大仏もこしらえかけてある。職人が働いていて、その仏師の仮住居らしい竹垣の小家の前にはコスモスが咲いている。根津はこの梵鐘を精神凶作地の人々におくるための由。大仏もつくり、名所にして金が落ちるようにする由。根津とこの土地とはどういう関係があるのかは不明でした。
 家へかえ
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