フですが、字というものは何と肉体的でしょう。ここに簡単に百合子と書かれている。三字のよびかけに無量の含蓄がある。或人によって或場合書かれるわが良人へという宛名は、良人へという一般的な代名詞にしかすぎず、而も他のあるものにとってはこのたった五つの字が存在の全幅にかかわっている。生存の根に響く内容をもっている。人間の心のちがいの面白さ。
今夜はもうこれでおやめ。今頃は何の夢? 夢なし?
十月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
十月二十五日 第三十三信ぐらいでしょう?
今年は実に雨の多い秋でした。きょうは珍らしくいい天気、きのうは日曜日で私たちとしては本当に珍しい一日をすごしました。戸塚の母と子供ら二人、栄さん私、井汲さん母子という顔ぶれでピクニックしたのです。私はもう五年も前にそういう遊びに出たきりだったので、珍しく、頬っぺたは大気の中ですこし日にやけてピチピチしたような気分で、夏以来の気分のしこりがとけたよう。
行った先は池袋から東上線というので朝霞《あさか》。薯《いも》掘りです。曇っていたので、どうするか分らなかったが、大きいお握りや島田から頂いて来た玉
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