これも、お茶うけにする。――
「そういうことを見せられちゃね……だから、女監守が休憩の時、よく私共に、共産党の女のひとがどの房とどの房で話しするか見張っていろって云うけれど、誰もそんなこと真面目にきくものはありませんわ。お忠義ぶる女は却っていじめられますよ」
 小声で話していると、いきなり、
「なに講義してる」
 いつの間にか跫音を忍ばせて、岨《そわ》にテロルを加えた赤ら顔の水兵上りの看守が金網に胸をおっつけてこっちを覗いている。
「…………」
「駄目だゾ」
「…………」
 この看守だけは、どんな時でも私に歌をうたわせなかった。迚《とて》も聴えまいと思う鼻うたでも、きっと意地わるくききつけ、「オイ」と低い声で唸って顎をしゃくうのであった。
 あっちへ行ったかと思うと、第二房で、
「……ねえ、そうじらすもんじゃないですよ。……たち[#「たち」に傍点]が悪いや!」
と、如何にも焦々する気持を制した調子で云っている声がする。この看守は煙草が吸いたくてたまらないでいる留置人の鼻先で、指もくぐらない細かい金網のこっち側へわざとバットを転しておいたり、今にも喫わしてくれそうに、ケースの上でトントン
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