きかすにも、事実ないことでは仕方ない。
自分を椅子にかけさせて置き、
「一寸すみませんが田無を呼び出して下さい」
と、特高に目の前で電話をつながせた。
「ア、もしもし中川です。明日の朝早く細田民樹をひっぱっておいてくれませんか。え、そうです。細田は二人いるが、民樹の方です。ついでに家をガサっておいて下さい。――じゃ、お願いします」
そんな命令をわざわざきかせたりした。
「――これも薯《いも》づるの一つだ」
そして、嘲弄するように、
「マ、そうやってがんばって見るさ」
ポケットから赤い小さいケースに入った仁丹を出して噛みながら云った。
「ブルジョア法律は、認定で送れるんだからね、謂わば君が承認するしないは問題じゃないんだ」
「そう云うのなら仕方がない」
自分は云うのであった。
「事実がないからないと云って、それが通用しないのなら、出鱈目を云っている人間と突合わして貰えるところまで押してゆくしか仕様がない」
こういう威嚇ばかりでなく、警察では例えば拘留がきまると親族に通知して貰えるキマリである。が、留置場で見ていると、大抵の看守は、いきなり、
「通知人ありか、なしか」
と訊いた
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