とった、ヒスイの簪《かんざし》の脚で頭を掻いては絶えず喋っている媒合《ばいごう》。自分。気違いがそこへ入って来た。ふらつき歩いた土足のまま何と云っても足を洗わない。着物の上にネンネコをひっかけ、断髪にもその着物の裾にも埃あくたをひきずっている。体全体から嘔きたくなるような悪臭がした。弁当を出し入れする戸口のところに突立ったなりどうしても坐らず、グー、グー喉を鳴らしている。
どの監房でも横にはなっているがまだ眠り切らない。初夏に近い宵らしく下駄の音などが頻りに聞え、外で遊んでいる子供らの甲高い声もする。切れぎれにラジオも響いている。
自分は畳んだ羽織やちり紙を枕がわりに頭の下へかい、踵の方に力をこめて、背筋をのばすように仰向きに寝ながら、それらの街の音をきき、ぼんやり電球を眺めている。
電球はいきなりむき出しに、廊下に向う金網の鉄の外枠から下っているのだが、それにはどういう訳か、駒込警察署と、字だけクモリで入れてあるのだ。
あっちこっちの監房で身じろぎや、あくび、寝入る前の動きがある。何十日でも、日光の射さぬ板の間に坐ったぎりでいるから、体を横にするだけでさえ、手足がくつろぐので
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