ンの羽目が落付かない光で反射するようになった。非人間的な無為と不潔さでしずまりかえっている留置場の永い午後、表通りの電車のベルの音がひろく乾いて近づくにつれ波のように通りぬける。
 看守は多く居睡りをした。監房の中では男たちがシャツや襦袢を胡坐《あぐら》の上にひろげて、時々脇腹などを掻きながら虱をとっている。
 目立って自分の皮膚もきたなくなった。艶《つや》がぬけ、腕などこするとポロポロ白いものがおちる。虱がわき出した。虱の独特なむずつき工合がわかるようになった。おや、と思って襦袢を見ると、小さい小さい紅蜘蛛《べにぐも》みたいな子虱までを入れると十五匹つかまえる。そういう有様である。
 或る日の午後二時ごろ。――一台の飛行機がやって来た。低空飛行をやっていると見えて、プロペラの轟音は焙りつけるように強く空気を顫わし、いかにも悠々その辺を旋回している気勢《けはい》だ。
 私は我知らず頭をあげ、文明の徴証である飛行機の爆音に耳を傾けた。快晴の天気を語るように、留置場入口のガラス戸にペンキ屋の看板の一部がクッキリ映り、相川と大きな左文字が読めている。姿は見えず、飛行機の音だけを聞くのは特別な
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