ことを厭がる阿母《おっか》さんがある筈はないから」
 話は、都合よく捗取《はかど》った。そして、いよいよ結納を交すという間際、先方からおもんも真吉も期待しなかったことを云ってよこした。それは、丁度、津田が十日ほど出京する用事を命ぜられたから、ついでに一晩、真吉の家へ厄介になり、緩《ゆっ》くり話もしたいし、式や何かの打合せもしようと、云うのである。
 これを聞いた時、おもんは我知らず指の先までひやひやになった。
 どんな狂犬でも、歯の届かない処にある者に害を加えることはしなかろう。
 津田と継母とが会った揚句、どんな吉事を望めよう。もう、自分のものと定ったと想った運命は、矢張り未定な、蜃気楼《しんきろう》であったのか。おもんは、冷やかな氷で心臓の辺りを撫でられるような絶望と、戦慄とを覚えた。然し、いつか二人が会わなければならないのは、事実である。万一、それが運命を変えるとすれば――。
 今日、津田が来るそうだからといって、父親がわざわざ使をよこしても、おもんは一歩も家から出ようとはしなかった。
「私がおりましては却ってわるいのです」
 おもんは、蒼ざめた顔をし、絶えず恐れ、緊張してその日
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