どころか、彼女の境遇としては又ない良縁として、老夫人は、ことの意外さに怖気《おじけ》づくおもんを励まし、帰京早々両親にそのことを伝えたのである。
 この春ふた月は、おもんの一生の春であった。
 不図、瑠璃《るり》色に澄み輝いている空を見あげたり、眩ゆいように白い、庭の木蓮の花などを眺めると、何をしていても、彼女は苦しいほど鋭い幸福の予感に襲われることがあった。
 夜、枕につくと、先のように張合もない睡りがどんより瞼を圧えることはなくなった。頭の中は千の燭台を灯したように煌《かがや》き、捕えられない種々の思いが、次から次へと舞い交した、寝る時にも、起きる時にも、第一おもんの頭に浮ぶのは、どうぞ継母が、異存なく今度のことを承知してくれるようにという、願いである。
 父の真吉は手紙を受とると、早速かけつけて来、涙を泛べて悦んだ。そして、心から、
「これからは、おかげさまで、可哀そうに、こいつの運も開けましょう」
といった。継母の意見には当らず触らずにしていた彼は、老夫人に念を押されると、
「異存のある道理はございません。何、あいつなんか」と、言葉を濁した。
「それはそうともね。娘の仕合になる
前へ 次へ
全12ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング