光のない朝
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)悪戯《いたずら》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)突然|子癇《しかん》を起した。
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 おもんが、監督の黒い制服を着、脊柱が見えそうに痩せさらぼいた肩をかがめて入って来ると、どんな野蛮な悪戯《いたずら》好きの女工も、我知らずお喋りの声を止めてひっそりとなった。
 年齢の見当がつかないほど萎《な》え凋んだ蒼白い銀杏形の顔、妙に黒く澄んだ二つの眼、笑っても怒っても、先ず大きな前歯の上で弱々しく震える色褪せた唇。彼女が歩くと細い棒をついだような手脚の関節はカタカタ鳴るのではないかと思われた。一目彼女の全体を見ると、何とも知れず寒い憐れな、同時に恐ろしい気持が湧き立って来るのであった。

 おもんは、生れた時からこんな、人間でないように寂しい、気味悪い生きものであったのだろうか。
 おもんの目に見える不幸は、彼女が数え年十二の時、生みの母親に死なれたことから始まった。
 もう僅一二時間で、四人目の弟か妹かをこの世に送り出そうという刹那、母のおさいの上に、予想もしない災厄が降
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