を過ごした。気の弱い彼女には、自分の一生の運命が定められると思う場所へ、到底顔を出す勇気がなかった。どう考えても、凶《わる》い方ばかり想像される上は猶更である。いざとなった時、おまきがどんな恐ろしい女であるかおもんは誰よりもよく知っている。
 不幸の迫る足音は、誰より早く、不幸に馴れた者の耳に入る。
 おもんの悲しい予感は当った。津田との縁談は、彼が帰国してからよこした一本の手紙で、調停の見込みなく破れてしまった。同時に、彼女は、普通には希望と幸福そのものであるべき結婚ということが、自分にとっては、どんなに呪われた、恐ろしいものであるかを、性根の髄から思い知らされた。
 おまきは、狂気のようになって津田を罵倒した許りか、娘の上に、神も怒らすほどの証を立てた。
「それあ、勝手な真似をなさるのもようござんすが、あれの片輪を、どうぞ後からかれこれ云わないで下さい。――娘の体のことを、母親ほど知っている者はありもしないのに……」
 人々は、その言葉を、信じてよいのか、疑ってよいのか知らなかった。ほんとに「母」ならば、娘の爪の褶《ひだ》さえ知っている筈なのだから。

 一旦、艶かになったおもんの
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