合には、時を移さず用を果す静かな、家畜のような生活が、彼女の日々を満たした。歿《な》くなった母親はおっかさんと呼んだのに、今度の母は却って叮嚀《ていねい》におかあさんと呼ぶ、その理由だけが、おもんの、父にも知らさない心の秘密なのであった。
笑うことの少い、細そりした娘として、おもんはやがて十七になった。
その年の春、彼女は不図したことから、父の真吉の知人の紹介で、或る山の手の屋敷に行儀見習いに上ることになった。
六十を越した老夫人の対手をし、おもんはそこで三年の間、倦《う》みも飽きもせず、解《ほぐ》した毛糸を巻き暮した。老夫人は、親戚でも有名な倹約家であった。暖い南の日が流れる隠居所の縁側に、大きな八丈の座布団を出し、洗濯した古靴下を解くのが彼女の日課である。
おもんは、少し離れて傍に坐り、細い頸をうつむけて、くるくるくるくるとそれを玉に巻く。戸棚の箱の中には、いつも握り拳大の玉が二十以上あった。好い加減溜ると、老夫人の故郷である岡山県の或る田舎に送ってやって、丈夫な、雑色の反物に織らせるのである。
二十一になって、初めて汽車というものに乗ったといったら、子供でも吃驚《びっく
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