上りはじめた。健介は、おふゆを通して、小関の遠縁に当っていた。おふゆの両親が死絶えたので、親類ともいつか疎遠になった小関の一家は、暫く山陰地方にある国へも帰らなかった。今度、健介が、一週間ばかり法事のついでに故郷の様子を見て来たので、彼は、小関のためというより寧ろおふゆのために、おせいを伴《つ》れて訪ねて来たのであった。
 けれども、訪ねて来て見るとおふゆと話す折を、いつも小関の酒機嫌が引さらって行った。やっと今になって故郷の話が持ち出されたので、とかくだまり勝ちだったおふゆは、目に見えて感興を面に現わした。そして、団扇を動かす手も留守にして、それからそれへと、昔の家の模様などを健介に訊きただす。いきおい主人の小関が黙って二人の話を聞かなければならない。――
 おせいは静に立って、三尺の高窓から外を見下した。黒い柳の葉に遮られながら、ちらちらちらちら灯の揺れる狭い往来が直ぐ目の下にある。右手の露路を越した彼方から、シャック、シャック、シャック、シャックと調子のよい機械の音が響いて来た。何か、メリヤス類を織る小工場らしく、窓の一方に体を片よせてそっちを眺めると、手拭をかぶって草履ばきの若
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