い女が、黒い、むっとしそうな歯車の間に見えかくれしている。普通の長屋を間に合わせの工場にしてある。道路から透きぬけに奥の方まで見える表には一人二人男が立ち止り、わざと知らん顔をしている女に、ちょいちょい何か云ってからかっている声がする。――低い向い側の屋根からずうっと彼方まで拡がっている夜の空を眺め、貧しいトタン屋根の斜面にどこからか微にさしている月影を見ると、おせいは、急に外が恋しくなった。
 こんな家ごみを出、露路を抜け、からりとした大通りを風に吹かれて歩いたら、どんなに心持がいいだろう。彼女は、もう酒には飽き飽きしていたし、話にも一向興が移らなかった。そうかといって、まさか、もうそんな話は止めましょうよ、とも云いかねるその場の状態が、一層おせいの退屈を募らせた。こんな月の涼やかな夏の良夜を、狭い部屋に閉じ籠って、酒のにおいに当てられて過してしまうのは、如何にも惜しく思われるのである。
 おせいは、窓に向ったまま、所在なさそうに下を向いて、帯やおはしょりの端を引張った。
 それにしても、もう何時頃になったのだろう。あまりおそくならないうちにここを出て、ゆっくり一停留場も歩いて帰りた
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