午市
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)団扇《うちわ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)時々|鮓《すし》をつまんだり、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)なか[#「なか」に傍点]に立つ
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 おせいの坐っている左手に、三尺程の高窓が、広く往来に向いて開いていた。そこから、折々、まるで川風のようにしめりを含んだ涼しい風が、流れて来る。
「まあ、いい風」
 彼女は、首をめぐらして、軒端に近く、房々と葉を垂れている大きな柳を眺めながら、いずまいをなおして、ぱたぱた団扇《うちわ》を動した。
 狭い六畳の座敷には、暑苦しい電燈の光がいっぱいに漲《みなぎ》っている。火のない長火鉢の傍の食卓には、食べちらした鮓《すし》の大皿や小皿が二三の盃とともにのっている。柱よりにくつろいで坐ったおせいの前にも、夫やこの家の主人の前にあると同様な、九谷焼の小盃が置かれていた。八分めにつがれた酒の色は、黒っぽい猪口のなかで、微に灯をてりかえす。――長い間、手もつけられずにあったと見え、とろりと輝いた液体の面には、
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