台を控えて、ぽっつりと男が一人いるきり、物を云う者とてもない中に、人とも思えない、たくさんの女の顔が、灰色と際立った白とで、くすみ、無表情に、凝《じ》っとこちらを眺めているのである。
おせいは見ていると無気味にさえなった。ここに生きた人間がいることさえも疑われて来るようだ。この陳列写真の一重の彼方を覗いたら、何にもないがらん洞が風に吹かれて拡がっているかとも感じられる。しかも、麗々と明るみにさらされた金高を示す文字を見ると、彼女は、額が痛むほど、何か本能的な痛苦を感じずにはいられないのである。おせいは、話に聞き、頭に描いていた吉原という遊蕩地が、こんなであろうとは知らなかった。もっと華やかな、情痴的な何物かが通行人にさえうつつをぬかせる雰囲気を作っているのかと思っていた。然し、これを見て、たとえ情慾でも起せる人間があるということは、彼女に不思議なほどに感じられる。
おせいは、奇怪な、信じられない心持を抱いて、先に立ち、黙ってそこを出た。大通の左右には、絶間なく小路があり、そのまた左右がひしひし、同様な、きらつく、然し人気ない建物で詰められている。
行っても行ってもつきない。いやに
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