、建物の周囲も、あの雑沓の中から来ると嘘のようにひっそりしているのである。
 心付いて、おせいは四辺《あたり》を見廻した。そして、小声で、
「ここがそうなの?」
と、夫に訊こうとした時、黙って歩いていた小関が、急に話し出した。
「まあ、ここいら辺からぼつぼつ中心に向うんですがね……さびれていますねえ」
 彼は、健介達に、賑いの絶頂でない処を見せるのが如何にも残念そうに呟いた。
「然し、どうです? なかなか堂々たるもんでしょう? 近頃すっかり模様は変りましたがね……どうです通り抜けて見ようじゃあありませんか」
 後につき、おせいは我知らず眼を瞠《みは》りながら、とある格子の内側に歩み込んだ。
 一目見たときはまるで生花《いけばな》の展覧会かなぞのように思われる。手摺をつけ、幕をしぼりあげ、正面に、幾つも幾つも大きな女の写真を並べて懸けた下には、立派な木札に、黒々と値段を書いたものが出してある。――
 言葉もなく見廻し、彼女は不可解な感に打れた。
 木炭か鉛筆かで、こすって描いたように艶のない、どれもこれも同じような女の顔は、むやみに明るい燈火の下で、まるで幽霊のように見える。
 隅の方に
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