。その頃、浅草の近くに、父方の祖母が住んでいた。そこへ泊りがけに遊びに行っては、所在なさに繰返し繰返し眺めた「東都名所図絵」という、雲母《きらら》のにおいのする大判の絵草紙の中で、彼女は初めて、このように南京玉の瓔珞をつけた燈籠をも知ったのである。
矢張り、どこかの茶屋の涼台の有様ででもあったのだろう。川を見下す涼しそうな広縁に、茶っぽい織物の大きな帯を解けそうにゆるく腰にまきつけた女が、薄ものの袖から透きとおる腕をあげて簪《かんざし》にさわりながら、くずおれている。欄干の上に、二つ三つその菱形の燈籠が下っている。――
夜の空に、その燈籠の長い房々や子供らしい色の華やかさが余程綺麗に思われたのだったろう。十何年振りかで図らずそれらしいものを見、彼女は変らない懐しさを感じずにはいられないのである。
――気を奪われて歩いているうちに、いつか通りは楽になり、露店の絶えた処に出た。
左右には、びっしりと、高い大きい家々が立ち並んでいる。それらの建物の通りに面した下の方は、その中に見せ物でもあるように、格子一重の中が通り抜け自由になっているらしい。ちらほら人影があるばかりで、明るい往来も
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