だのの涼み客が、植木や金魚桶をひやかしながら、ぞろぞろ潮のように動いて行くのである。
「どうです? 何か一つおとりなすっては。なかなか馬鹿に出来ないものがありますよ」
 一寸目に付く盆栽などがあると、小関はひょいと延び上って、器用に人の肩越しに、台の上を覗いて見る。
 けれども、おせいは、その要領の好いひやかし振りなどにちっとも気をつけてはいられなかった。彼女は、多勢の人中で夫とはぐれないように、絶えず自分の片方に注意を配りながら、然も、一生懸命、初めての夜市の光景を見逃すまいとするのである。
 何しろ人出が多くて、容易に露店の前までは近寄れない。が、大きい市松模様の虫屋籠を見たり、燈火の上に高く流れる月の光りを照り返すように種々様々な提灯や行燈が揺れている店などを眺めると、彼女は何とも云えぬ興に動かされるのを覚えた。
 賑やかな赤い酸漿《ほおずき》提灯に混って、七色の南京玉で拵えた吊燈籠なども見える。四隅に瓔珞《ようらく》を下げ、くくれた六角のところに磨り硝子《ガラス》をはめ、明治初年さながらの趣で、おせいの瞳に写るのである。
 彼女は、七つ八つの時分を思い出して、床しい心地さえした
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