*

新芽をふいた世界は
鋭角になり 緑になり
平面に延る人間の心を 擾乱する。
夜中の雨に じっとりと濡れ
膨らんだ細葉を 擡げ 巻き立ち
陽を吸う苔を見よ。音が聴えそうだ。
又は勁く、叢れ、さっと若葉を拡げた八つ手、
旺盛な精力の感、無意識に震える情慾の感じ。
電車の音、自動車の疾走
戸外は音響に充ち
少年は、頻りに口笛を吹く。
静謐な家の中 机に向い
自分は、我と我がひろき額、髪を撫でこする。

     *

心に興が満ちた時
お前は、何でもするがよい。
絵を描け、強いタッチで、グレコのように、絵を描け。
歌も唱え、
美しきマイ、アイディールをきいて、泣くお前。
静かな月光が地に揺れ、
優しい魂が心を誘い 愛撫する時
愛やよろこびが、手足を動かさずには置かないだろう、
あこがれを追う手、
過ぎて行く影を追う足。
バクストは、それに、衣裳をかくのだ。

     *

今日は 何と云う日だ
自分が[#「自分が」に傍点]詩を書き、
一つ二つ 詩を書き
まだあきたらず 三つ四つ
詩を書く。――

妻と云う位置、仕事という繋制
皆自分から とけ去って
此処に 只、一人 裸形の女
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