ることが分る。作家の偶然の出生によって階級性を云々することの誤りは、すでにプロレタリア文学運動の初期に論議されたことであったが、こんにちから明日へかけての激しい歴史の動きの中では、世界あらゆる国々で、ファシズムと戦争挑発に抵抗を感じる進歩的な人々の階級移行がはじまっている事実が着目されなければならない。民主陣営が、その経済闘争や政治闘争の場面で、労働者、農民、小市民、中小商工業者、民族資本家までを含めた人民の統一戦線をよびかけながら、文化・文学の面に対したときだけは、小市民層の(学者、文化人、作家、芸能家その他をも含む)消極的な面だけをとりあげて叱咤、批難することがあるとすれば、ピカソをも包括する文化の民族的な線を学ぶというたてまえはどうなるだろう。小市民層は、労働者階級に奉仕することにしか使命はないとする考え方のあやまりであることも明瞭である。一つの階級が他の階級を自身の奉仕におくという考え方は、労働階級は資本家階級に奉仕すべきものであるという資本主義的な考え方の裏がえしにすぎない。どこの国でも一定の資本主義文化の発達したところでの革命的な文学運動は、常にその主力である労働者階級の社
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